死から逆算して考える医療:生に執着して行う医療は本当にいい医療なのでしょうか?

こんにちわ、札幌の在宅緩和ケア医@今井です。

高齢者医療の矛盾を現場でよく経験します。その都度思うのは「医療の目的が生に執着しすぎているのではないか」という点です。

誤嚥性肺炎の治療、心不全の治療、腎不全の治療、食事量が減ってきた時の治療、転倒したときの治療、認知症の治療などなど・・・・・

医療者が、患者さんが、家族が、それぞれ生に執着しすぎるが故に無理な医療が行われているのが現状ではないでしょうか?

医師がこんなことを言っていいのかわかりませんが、高齢者の医療に限っては、一線を越えた方に関しては「死から逆算して考える医療」を提供すべきではないか、との思いが拭えません。



どのようにこの患者さんは死を迎えるべきか?

どういう最期がこの人や家族にとってベストなのか?

ここで肺炎の治療をすることがこの人が人生の最後を迎えるにあたっていいことなのだろうか?

医療とはよりよい生が望めなくなった場合はよりよい死を迎えるためにあるのはいけないのだろうか?

ひたすら生のみを考えるのではなく、むしろ死をきちんと受け止めて考える・・・・死から逆算して考える医療、そんな視点も現代の高齢者医療の中では必要なのではないでしょうか?

皆さんはどう考えますか?自分が人生の最後に受けたい医療とはどんな医療ですか?生に執着した医療ですか?それとも尊厳のある死を考えた医療ですか?

 

よければたくさんご意見ください

このエントリーをはてなブックマークに追加