死から逆算して考える医療:生に執着して行う医療は本当にいい医療なのでしょうか?

こんにちわ、札幌の在宅緩和ケア医@今井です。

高齢者医療の矛盾を現場でよく経験します。その都度思うのは「医療の目的が生に執着しすぎているのではないか」という点です。

誤嚥性肺炎の治療、心不全の治療、腎不全の治療、食事量が減ってきた時の治療、転倒したときの治療、認知症の治療などなど・・・・・

医療者が、患者さんが、家族が、それぞれ生に執着しすぎるが故に無理な医療が行われているのが現状ではないでしょうか?

医師がこんなことを言っていいのかわかりませんが、高齢者の医療に限っては、一線を越えた方に関しては「死から逆算して考える医療」を提供すべきではないか、との思いが拭えません。



どのようにこの患者さんは死を迎えるべきか?

どういう最期がこの人や家族にとってベストなのか?

ここで肺炎の治療をすることがこの人が人生の最後を迎えるにあたっていいことなのだろうか?

医療とはよりよい生が望めなくなった場合はよりよい死を迎えるためにあるのはいけないのだろうか?

ひたすら生のみを考えるのではなく、むしろ死をきちんと受け止めて考える・・・・死から逆算して考える医療、そんな視点も現代の高齢者医療の中では必要なのではないでしょうか?

皆さんはどう考えますか?自分が人生の最後に受けたい医療とはどんな医療ですか?生に執着した医療ですか?それとも尊厳のある死を考えた医療ですか?

 

よければたくさんご意見ください

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在宅医療を長く続けるためのコツ:好きな業務を追求するより苦手な業務の対応こそが重要ですよ

こんにちは、宮の森の外来診療医@今井です。

今日も休まず外来診療しています。土日や祝日こそ医療機関、特に診療所は頑張るべきと個人的には思いますがまぁ頑張ってやっていきたいと思います。

さて今日のブログでは医療者が在宅医療を長く続けるためには何が必要でどう取り組むべきかを少し考えてみたいと思います。




在宅医療の世界に足を踏み込んだ看護師や医師、リハビリのセラピスト、薬剤師さんなどの医療者は、現状は数は少ないですが少しずつ増えてきていると感じます。ただやっぱりやめていく人も一定数います。勤務条件であったり休みであったり諸々理由はありますが、業務面が理由の方もいるのではないでしょうか?

自分がみてきた限り業務面が問題となり辞めていく方には共通点があるように思えます。それは

自分の好きな医療を行う時にはうまく対応できているけれど、嫌いな、苦手な業務と向き合った時の対応がうまくいっていないこと

です。

在宅医療を長く続けている医療職の方は業務がつらい、苛酷で嫌いであったとしてもうまく対応する術を自分で持っている人が多いのかなーという印象です。

癌の患者さんの緩和ケアは好きだけど認知症の患者さんの支援は苦手だ、もしくは患者さんのケアは好きだけど他職種との連携が苦手だ、医師と連携がとるのに緊張してしまう、家族との関係を築くのに失敗しやすい、などなど・・・

全て完璧な人はいませんが在宅医療を長く続けていきたいなら好きな業務をどんどんするのも大事ですが、自分が苦手な、嫌いな業務にどう対応していくか、克服していくかを考えることが非常に重要ではないかと考えています。

きちんと自分で苦手な分野や業務を把握しそれに向き合うことをきちんとしないで、在宅が好きで好きでたまらないという気持ちだけで突っ走るのみでは5年10年と働き続けるのはもしかしたら難しいのかな?とか辞めて行った人を見てきた経験上感じていますが皆さんはどう考えますか?

 

よければご意見お聞かせください。

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