医療事故調査制度のスタートとともに考えておきたいこと

MRICで注目すべき記事がでていましたのでご紹介します。やはりこのような形でとかげのしっぽ切り的な対応となってしまうことは医療業界は自浄作用がないと思われても仕方ないかもしれませんね。患者さんや家族の気持ちはよく理解できますが当事者のみに責任を問うのはナンセンスだと思います。10月からの医療事故調査制度のスタートとともに、個人の責任追及をこえた医療安全制度の構築が送球に望まれます。可能であれば医業停止処分が解けた後にでもこの先生は臨床に復職して頑張ってもらいたいですね。皆さんはどう思いますか?

MRIC医療ガバナンス学会より

Vol.202 国立国際医療研究センター病院は特定機能病院を返上し院長・名誉院長は辞任せよ http://medg.jp/mt/?p=6173

医療法人社団いつき会ハートクリニック理事長・院長
佐藤一樹(さとうかずき)
平成26年度 厚生労働省科学研究費「診療行為に関連した死亡の調査の手法に関する研究」班員

2015年10月13日 MRIC by 医療ガバナンス学会 発行  http://medg.jp

《医療現場者の刑事責任追及は医療安全の阻害因子》
医療事故の刑事責任追及は再発予防にならない。むしろ、学術的には医療安全の阻害因子とされる。ところが、本邦では今世紀初頭、看護師二人もが同時に有罪(禁錮1年・禁錮8月)となり医療崩壊の契機となった都立広尾病院・業務上過失致死事件以来、薬の取り違いや過量投与などの単純医療過誤は、現場医療従事者のエラーに対する遺族の激烈な責任追及と処罰感情が裁判結果に反映され、容赦のない判決が下されてきた。遺族の感情も理解できる。しかし、国家によって現場医療者個人の責任追及をして、何人もの医療者を繰返し有罪にしても、再発防止にも医療安全の確保にもならない。このことは、学術以前に、平成以降の複数の事例だけからも明らかである。 

ところが、本年3月、また、ウログラフィンの脊髄腔誤投与により患者が死亡した国立国際医療研究センター病院の整形外科の研修医が業務上過失致死罪で起訴された。7月14日、東京地方裁判所は検察官の求刑通り禁錮1年(執行猶予3年)の有罪判決を下し、同月、研修医が控訴しなかったため刑が確定した。通例なら、医道審議会を経て医療法に基づく厚生労働大臣による医業停止(最高3年)の行政処分による社会制裁も決定的である。

ウログラフィンの誤投与事件は公表された本邦の事例だけで延べ12件、死亡患者は9人、刑事事件6件で、全ての医師・看護師7人が有罪となった。今回の刑は一度に二人の患者が死亡した1990年福岡高等裁判所判決と同じで、患者一人の死亡では1994年の甲府地方裁判所判決の禁錮10月(執行猶予2年)を超え同類型では最も厳しい刑となった。なお、当該研修医は起訴された3月にセンター病院を退職させられている。

《医療安全後進国日本のナショナル・センター病院の体質と欧米との格差》

医療安全の抜本的改善のためには科学に基づいた巨視的観点とシステム指向性による組織改革が必要だ。院内安全体制の再編成の開始は、組織の見直しと同時に旧体制の管理責任者の辞任をもって契機とすべきであろう。しかし、今回の裁判の証人尋問供述で明らかになった事実として、国立国際医療研究センター病院には脊髄造影検査の系統的学習プログラムもなく、検査マニュアル作成もしなかった。これに関して、管理者側は何の責任もとっていない。こともあろうに、患者死亡から数時間後には法的根拠なく所轄警察署に研修医を突きだすように通報し、記者会見を開いて容易に研修医個人の識別化につながる医師経験年数と性別を明らかにした。このため、若き研修医の氏名が世間大衆に知れわたり、誹謗中傷の嵐にさらされた。医師として、いよいよこれからという時に医療現場を立ち去ることになった。

OECD先進諸国に目を向ければ、医療事故を刑事事件にして、研修医個人だけに責任の全てをなすりつけた形で人権蹂躙を行う国はない。特に欧米では、WHOドラフトガイドライン (World Health Organization World alliance for patient safety : draft guidelines for adverse event reporting and learning systems: from information to action, 2005) が推奨する非懲罰性、秘匿性、システム指向性などを優先した「学習目的」の医療事故調査が主流である。医療安全科学としての学術成果を再発防止策に反映させ安全な医療の確保を実績として発展してきた。

1994年、癌治療で世界トップの米国ハーバード大学ダナファーバー癌センターでは、今回の国際医療研究センターの研修医と医師経験で同学年だったフェローが、治験プロトコルを読み間違えて4倍量の抗ガン剤を投与したため患者が死亡した事故があった。事故後、フェローと薬剤師は業務停止になったが、刑事事件にはされていない。その上で「この事故は現場医師本人の問題というよりは、これを防ぐリスクマネジメント構築を怠った上部の責任である。」と判断された。診療部長は、「研究報告や病院管理職や学会要職を兼任して多忙を理由に臨床診療の部長として安全管理に注意を払わず、現場の医療の充実を怠った」とされ、所長や薬剤部長が病院の評議員とともに解任された。そこから、同癌センターのリスクマネジメントの再構築が本格的に開始され、現在では医療安全学でもトップとなったのである。

また、1995年、英国ブリストル王立病院(国営医療サービス運営の9病院のひとつ)では、数年間の複雑心奇形手術で53人中29人が過剰死亡し、英国最上級(日本の大学教授、小児病院診療部長)にあたるコンサルタント外科医2人は手術を禁止され、病院長は「管理責任を果たしていなかったことに該当する」と評価され、外科医1人とともに医師登録を抹消された。しかし、政府発表の500ページ以上の最終報告でもダナファーバー癌センターの教訓同様、「個人を非難すべきではなく、システムの問題である。」としている。当然、刑事事件になっていない。そして、現在ではブリストル王立病院の手術成績や医療安全体制も他の8病院に引けを取らないレベルになっている。

これに対し、本邦のナショナル・センター病院を筆頭とした公的基幹病院の組織活動は、どうだろうか。危機管理に対する組織トップの責任感欠如と事故対応の遅れや放置、判断力と決断力の欠如がお家芸である。「国立国際」と冠した旧国立第一病院たる医療研究センター病院は、その名称とは裏腹に、前世紀から全く進歩がなく、グローバルスタンダードとは真っ向から逆の態度を維持している。お得意の「無能・無策・無責任」である。

《国立国際医療研究センターの責任隠蔽と特定機能病院取り消し保留の非倫理性》

本来であれば、英米のように国際医療研究センター病院は、管理者のトップが責任を問われて職を追われるはずで、特定機能病院は剥奪され、一からの院内の医療安全改革に踏み切ってしかるべきだ。しかし、剥奪を阻む不正義が複数存在する。

◆医療事故調査制度との関連

国際医療研究センター病院への指導・勧告は、厚生労働省医政局医事課医療安全推進室が主導し現行の第三者機関である日本医療安全調査機構や日本医療機能評価機構が対処してしかりである。しかし、どこも全く動こうとしない。この怠慢、不作為は、「ナショナル・センター」と結びつきが強い同省の御用法学者や御用医師を中心に構成されている両機構に自浄作用がないことに根本原因がある。日本医療安全調査機構の「診療行為に関連した死亡の調査分析モデル事業」の木村壮介中央事務局長が本件事故発生の直前まで5年間の長期にわたり同病院の病院長であり、事故当時も名誉院長だったという事情が強いブレーキをかけている。本年9月28日になってセンター病院側は、指導、監督が不十分だったとして中村利孝院長を戒告の懲戒処分としたとされるが、単なる戒めでは根本的に何もかわらない。

10月1日から施行された本邦初の「医療事故調査制度」は、「説明責任・責任追及」とは一線を画し、もっぱら「医療安全の確保」を目的とした「学習を目的としたシステム」に新たにパラダイムシフトしたものである。しかし、この制度の報告先である医療事故調査・支援センターには、旧態依然とした木村氏の日本医療安全調査機構に決定してしまった。一つの病院の医療安全体制も確立できず、ずさんな研修医学習システムと医療安全対策を放置し、過去に日本で11例も発生している初歩的な事故再発予防すら構築していなかった木村氏に、日本全国の医療安全を担える訳がない。これまでのモデル事業では、医師の診療行為の評価・追及を主とし、再発防止策はほんの2~3枚の紙切れをファクシミリで送付し、大して閲覧されないホームページに掲載する程度のペーパーワークで済ませてきた。このような事業の責任者である木村氏をサポートする立場にある医療安全推進室としては、名誉院長を務める国際医療研究センターでの医療安全に関わる事件をクローズアップされたくないのだ。

なお、木村氏は心臓外科の臨床医であって、元々医療安全学の研究者でも専門家でも何でもない。いわゆる「鉄門人事」によって国際医療研究センター病院長や名誉院長という要職を得ていた立場である。

◆特定機能病院取り消しにかかる学閥による保護および薬食審更迭

さらに、国際医療研究センター病院の特定機能病院取り消しに関しては、同門の学閥を背景にした恣意的操作による不正義が存在する。厚生労働省は、立ち入り検査の結果の判断にあたり、東京大学医学部付属病院医療安全対策センター長の中島勤氏を起用した。中島氏は、同センター病院の現役院長である中村利孝氏が卒業した大学医学部、だけでなく、所属した整形外科医局でも後輩にあたる。中島氏は、警察に通報し、記者会見したことなどを「良し」と評価し、「国際医療研究センター病院が、現場と管理者及び開設者の間で情報のやり取りがなされており、かつ管理者および開設者が一致協力して施設を適切に管理し、必要な処置が迅速に行われ、施設内関係者が一貫した姿勢を取っていたことから問題視されない」として、特定機能病院取り消しを白紙に戻した。このように、医学部と所属医局の先輩にあたる身内の行為を、先輩には逆らいようがない後輩の胸先三寸で「おとがめなし」と判断したことを、一般社会が許容するはずがない。「医療界は自浄作用がない」と評価されるであろう。そのままの文言で「『現場と管理者及び開設者の間で情報のやり取りがなされ』ず、『かつ管理者および開設者が一致協力して施設を適切に管理し』ていなかったからウログロフィンが誤投与されたのだ」との反論に、中島氏は一言も抗弁できない。

これに加え本年6月5日、中村利孝氏は薬事・食品衛生審議会を実質上更迭された件で大きな問題を起こしている。この薬食審では利益相反のある製薬企業から寄付金や契約金を受け取った総額が合計50万円以上500万円の場合は議決に参加できない規定がある。さらに、合計500万円以上の場合には審議会自体への参加すらできない。しかし、中村氏は13社から総額約1528万円(国立国際医療研究センター病院長または同院総長特認補佐としては約1068万円それ以外の460万円は前任の産業医科大学教授として)を受け取っていたのにもかかわらず、「受領なし」と申告していたのである。

中村氏はウログラフィン誤投与事故のあった国際医療研究センター病院の整形外科診療部のトップとしても同院の病院長としても最も責任ある立場にあった。しかし、自らの病院の臨床診療や研修医教育をそっちのけにして、多数の院外企業との活動にエネルギーを費やし、私腹を肥やしていたのである。

なお、厚生労働省のホームページで公表された隠蔽申告額は2社279万円分のみである。同省が、残りの1249万円、特に1社だけで586万を受け取った企業からの受取り額については黙視しているのか、見て見ぬふりをしているのか不明であるが、1社だけですでに500万円を凌駕しているのであるから、薬食審での議決はおろか審議への参加すら許されないはずである。このような状況では、同省と国際医療研究センター病院との関係について「天下り先だから」という理由でも疑惑を持たれるであろう。

《国立国際医療研究センターこそ特定機能病院返上、院長・名誉院長は辞任、真の医療安全体制再構築を》

今般の診療関連死に関する基幹病院の問題として、専門医個人の裁量に係る死亡1事例で東京女子医科大学附属病院が、ベテラン専門医の癌症例群の手術成績に関連して群馬大学附属病院が特定機能病院を剥奪され、病院は責任を取らされた。一方で、研修医が関わる事故であり客観的には明らかに病院管理側に問題があった国立国際医療研究センター病院が、特定機能病院のままであることは、公平性にも問題がある。上記のように杜撰な研修医学習体制で体系プログラムや検査マニュアルも作成せずに、医療安全対策を放置していたのに、学閥や厚労省の都合による恣意的判断によって剥奪を免れたことは不正義でもある。

同センター病院は、事故以前の臨床研修マッチングで希望者数が数年間全国一の断然トップで、唯一100人を超え(2012年103人)て、2位の病院に倍近くの差をつけた人気研修病院であった。しかし、本件事故直後の2014年は54人と激減した。「都会一等地の旧国立第一病院であったナショナル・センター病院」のブランドにとらわれず、「まともな研修もうけられず警察に突き出すような上司の元では働きたくない。」として嫌った医学部生が増えたと推測される。

以上、国立国際医療研究センター病院は、院長と名誉院長を辞任させ、臨床研修病院としても特定機能病院を返上し、「旧国立(こくりつ)の第一病院」として公的機関病院の範を垂れるべきである。