薬箱から始まった長い旅のその先は・・・【在宅医療の歴史を10分で振り返る&未来はどうなる?】
こんにちは、札幌のかかりつけ医&病棟医&在宅医@今井です

先日、ある経済研究所が出していた「30分で読める総合商社の歴史」というレポートをたまたま目にしまして・・・・江戸時代の鎖国の話から平成の商社再編まで、驚くほどコンパクトに、しかも面白くまとめられていて、思わず最後まで読んでしまいました。
皆さんもどうぞ。8月10日丸紅経済研究所さんから↓
30 分で読める総合商社の歴史(江戸時代~平成期) 未来を考えるためのヒントと
「歴史を振り返ることで、今の課題を考えるヒントになる」という趣旨のレポートだったのですが、これ、在宅医療も全く同じだなと(笑)。今井、法人の経営会議やスタッフ研修でも「なぜ今のかたちになっているのか」を説明する機会が多いのですが、意外と自分自身、在宅医療の歴史をきちんと整理したことがなかったな・・・・と気づきまして。
というわけで今回は、「10分で読める在宅医療の歴史」をコツコツと作ってみました。せっかくなので歴史を振り返った上で、今井なりに「これからの在宅医療」についても少し考えてみたいと思います!!(医療者は30分なんて長い時間は読まないので10分程度にしてみましたよ(^^♪)
まず結論から:在宅医療は「個人の技」から「地域の仕組み」へ変わってきた
江戸時代の医者は、薬箱を持って患家を回る「往診」がすべてでした。それが明治・大正を経て、昭和のある時期までは「家族が介護し、医師が往診で補完する」という、いわば自然発生的なものだったんですね。それが1980年代から急速に「制度」になり、平成を通じて「地域全体で支える仕組み」へと変化してきました。
今井が2011年に脳神経外科から転身して開業した時期は、ちょうどこの「地域の仕組み」化が本格的に進み始めたタイミングだったんだな、と歴史を振り返って改めて実感しました(当時はそんな大局観、正直まったくなかったです・・・・(^^♪)。
それでは、少し詳しく振り返ってみましょう!!
1.江戸〜明治:往診はあったけれど、「制度」はなかった
江戸時代の医師には免許制度すらなく、誰でも医者を名乗ることができました。診療の基本形は往診で、薬箱を持って患家を訪ね、その場で生薬を調合する。今の在宅医療とはずいぶん違いますが、「医師が家に来る」という原型はここにあるわけです。
面白いのは、この時代には病院に相当する施設がほとんどなかったということ。徳川吉宗がつくった小石川養生所のような貧民救済施設が例外で、江戸末期にオランダ軍医ポンペの提言でできた長崎養生所が、日本最初の西洋式病院とされています。つまり明治より前は、「病院で治す」という発想自体がまだ日本になかったんですね。
明治になると西洋医学が入ってきて、医療は病院中心に近代化が進みます。同時に1891年、「派出看護婦会」という仕組みで看護師が家庭を訪問してケアをする、いわゆる「派出看護」が始まりました。今の訪問看護の遠いご先祖様です(^^♪当時は等級制の料金で、貧困者には無償でサービスが提供されていたそうです。今の訪問看護ステーションからは想像しにくいですが、こういう地道な取り組みが積み重なって今の制度になっているんだな、と思うと感慨深いものがありますね・・・
2.昭和:「家族が支え、医師が往診で補完する」時代
昭和20年代くらいまでは、多くの人が自宅で生まれ、自宅で病を養い、自宅で最期を迎えるのが当たり前でした。この時代の在宅医療は、制度ではなく、家族の介護力を医師の往診が補完するという、ごく自然な社会的機能だったわけです。
ところが昭和30年代以降、高度成長とともに病院がどんどん整備されていき、医療の中心は病院に移っていきます。「病院で死ぬこと」が当たり前になり、在宅での医療・看取りは制度的には長い空白期を迎えることになりました。今井が脳神経外科医として研修医だった頃のイメージも、正直「病気になったら病院」がすべてで、在宅医療という選択肢自体、あまり意識になかった記憶があります・・・・。
3.1980年代:「在宅医療元年」―ここから制度としての在宅医療が始まる!!
1980年に在宅自己注射への指導管理料ができ、1982年に老人保健法が制定、1983年からは退院後患者への訪問看護が医療保険の対象になりました。そして1986年、「寝たきり老人訪問診療料」が新設され、定期的に訪問する家庭医、つまり今の「訪問診療」の原型が初めて制度化されます。この1986年が、いわゆる「在宅医療元年」と呼ばれているんですね。
今の在宅医療の包括点数の原型にあたる「寝たきり老人在宅総合診療料」ができたのは1992年。今井が生まれたのが昭和55年(1980年)ですから、今井が小学生になる頃には、もう「在宅医療」という制度がこの国に生まれていた、ということになります。ちょっと不思議な感覚です。
4.1990年代:訪問看護ステーションの誕生と、「居宅」が医療の場になった日
1991年の老人保健法改正で老人訪問看護制度がつくられ、1992年4月、日本初の老人訪問看護ステーションが誕生しました。それまで看護師や保健師が単独で開業できるのは助産師だけだったのですが、この制度で初めて開業権が認められたんですね。今の訪問看護ST(いまいHCCグループにもありますが)のルーツはここにあります。
そして同じ1992年、医療法改正によって「居宅」が入院・外来に次ぐ正式な医療提供の場として位置づけられました。「家も医療の場である」ということが、この国で法律上はっきり認められたのが、実はまだ30年ちょっと前の話なんです。1997年には介護保険法が制定され、2000年の施行で医療保険と介護保険の両輪体制ができあがりました。
5.2000年代:在宅療養支援診療所の創設―「かかりつけ医」が制度になった
2006年、第五次医療法改正で「在宅療養支援診療所(在支診)」が創設されました。24時間対応や在宅での看取り実績の届出義務化など、在宅医療を専門的に担う医師の役割が、初めて制度として明確になった瞬間です。2008年には在宅療養支援病院も創設され、診療所だけでなく病院も含めた支援体制が整いました。
今井のクリニックも当然この「在支診」の枠組みの中で動いているわけですが、こうして歴史を振り返ると、自分たちが日々やっている在宅の看取りや24時間対応が、決して当たり前にあった仕組みではなく、比較的最近になって、社会が意図的に作り上げてきたものなんだな、と思わされます。
6.2010年代:地域包括ケアシステムと「2025年問題」
団塊世代が75歳を超える2025年を見据えて、「地域包括ケアシステム」の構築が国策として進みました。実はこの発想、1980年代の広島県御調町(現・尾道市)で「寝たきりゼロ」を目指した医療・行政連携の取り組みが起源とされているそうです。2012年には機能強化型の在支診・在支病が創設され、一つの診療所だけでは担いきれない24時間対応を、複数の医療機関が連携して面で支えるという発想が広がりました。
在宅医療を受ける患者数は、この頃から一気に増えていきます。訪問診療料・往診料のレセプト件数は、2008年の約27万件から2017年には約71万件へと、10年で2.6倍。当法人が「法人全体で年間200件の在宅看取り、1000人近い患者さんのフォロー」という規模でやれているのも、この時代の制度整備の延長線上にあるわけです。
7.2020年代〜これから:さて、今井は何を考えるか
新型コロナは、在宅で療養する患者への対応や、医療・介護の連携の重要性を、日本中に思い出させる出来事でした。最近ではかかりつけ医機能の法制化の議論が進んでいますし、在宅医療充実体制加算のような、体制そのものを評価する仕組みも増えてきています。
こうして江戸から令和までを振り返ってみると、在宅医療というのは、 ①「個人の技」(江戸〜昭和:医師と患家の一対一の関係) ②「制度」(1980〜90年代:診療報酬・法律による裏付け) ③「地域の仕組み」(2000年代〜:複数機関の連携、地域包括ケア) という順番で、少しずつ拡張してきたことがわかります。
今井が今、下倉理事・中山両理事と一緒に取り組んでいるバックオフィス自動化やタスクシフトの標準化、医師教育の仕組み化なども、実はこの「③地域の仕組み」の延長線上にある話だと思うんです。一人の名医の頑張りだけに依存する在宅医療は、どうしても脆いんですよね。今年(2026年)の熊本地震のブログでも書きましたが、災害という非常時にこそ、この「仕組み」の強さが試されるはず。BCPを整えるということは、結局「①個人の技」に戻らないための備えでもあるんだな、と歴史を振り返って改めて思いました。
一方で、AIやフィジカルAIが医療の現場に入ってきている今、「④テクノロジーが支える在宅医療」という、次の段階に入りかけているのかもしれません。カルテ整備や情報共有のあり方一つとっても、これから大きく変わっていく予感がします(医療の形が根底から変わろうとしている、というのはこういうことなんだろうな、と)。
江戸時代の医師が薬箱を持って歩いた道を、令和の今、医療者は車で走っているわけですが(^^♪・・・・その延長線上に、私たちはどんな「次の仕組み」を作っていけるでしょうか。作っていくべきでしょうか?
読者の皆さんはいかがお考えですか?よければ考えてみてください。今井も一人考え、いや両理事含め皆で考え法人としての未来を模索していきたいと思っていますので。
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