医療訴訟が頻発すればするほど、リスクの高い医療の担い手が少なくなり、より無機質な医療になっていく・・・
こんにちは、札幌のかかりつけ医&病棟医&在宅医@今井です
長野の県立こども病院の件少しだけブログでとりあげました。
一応昨日4月17日も関連記事がでていたようなのでヤフーさんの記事貼っておきます。
当時1歳女の子が心臓手術の後に死亡「医療行為が原因であることは明白です…」長野県立こども病院「注意義務違反」両親が県立病院機構に約8400万円の損害賠償求める裁判「物理的に考えがたい…」病院側は争う姿勢
記事中に
「また、父親は意見陳述で長女が亡くなったことについて、「医療行為が原因であることは明白です」などと述べました。」
日本の現行の法律上では裁判をすることは当たり前ですが自由で、その真実を裁判所に判断してもらう、というのは権利としてはありますが、一方医療訴訟がこのように医療者からみても???なケースで今後も頻発した場合、小児外科や産科、救急科などのリスキーな科での医師数は当然減るでしょう。(誰が好き好んで一生懸命に治療した後に訴訟になるリスクの高い科でコツコツと現場で頑張るんでしょうか??完全に善意によるしかないですよね)
これは社会的に見た場合には大きな損失になるのではないでしょうか?日本全体でこれを許容すべきでしょうか??
また医療が常に訴訟と隣り合わせになると、治療の選択肢、医師の説明や会話についてもどんどん無機質な、感情の入り込まない説明や会話になっていきます。実際今の医療の現場ではもう20代30代の医師はそうなってきています。
命に係わるがんの治療の選択についても、事実だけ述べそれ以外は何も言わないし選択も自分(&家族)だけでしてもらう・・・医師はそこには自分の感情は何もいれず、病状、今後の方向性、治療方針の提示、合併症や副作用の話、そして希望があるならセカンドオピニオンの話をして書類にサインをもらう、それがリスクマネジメントの徹底には必要だと。でもそれって誰がそういう医療を受けたいと思うし、やりたいと思うのでしょうか??
医師だけ医療訴訟に関しては裁判免除、という特権を求めている訳ではないですが、社会全体としてこれでいいのかは今一度考えるべきではないかと考えています。
1医師としては訴えられた病院や長野の先生が司法に一石を投じるためにも新患などの診療を一旦ストップする、というのも手だとは思いますが・・・2000年代初頭の福島の大野病院の参加の事件以降、この問題は議論されては結論が出ずに先送り、棚上げされていましたが、今後の世代のためにもきちんと社会的に議論をし一定の結論を出すべきだと思いませんか??それにしても関連学会、早々に声明ださないんですかね・・・
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