群馬大学病院で、同じ医師が執刀した肝臓の 腹腔鏡手術後、患者8人の死亡が続発していたことが2014年11月に発覚した。肝臓や膵臓の開腹手術でも患者の死亡が相次いでいたことがわかり、診療の杜撰さが浮き彫りになったが、1人の患者が無理な手術によって重い合併症に苦しみ亡くなった様子を、家族がノートに詳しく書き留めていた。ベッドサイドで毎日、書き記されたノートは、なすすべもなく見守った家族の慟哭の手記でもある。
20代半ばの看護師…手術から41日後に死去
この患者は2008年に亡くなった岡田麻彩さん(仮名)。当時20代半ばで、群馬大学病院に勤める看護師だった。腹痛が強く、膵炎の疑いで前年暮れに入院。膵臓に腫瘍が見られたが、術前検査では、がんかどうか不明なまま手術が行われた。
しかし、腫瘍は取りきれず、再手術する前提でいったん手術は終了。病理検査の結果、2週間あまり後にようやく進行した膵臓がんとわかった。
後の調査によって、そもそも無謀であった可能性が示唆されたこの手術で、麻彩さんは家族との会話もままならない凄絶な苦痛と闘った後、翌月に亡くなっている。
麻彩さんの家族が毎日書き記していたのは、「麻彩の闘病記」とタイトルが書かれたB5判のノート。手術当日から亡くなるまでの様子や家族の思いが 綴られている。
手術の41日後、麻彩さんは帰らぬ人となり、日々の記録は13ページで終わった。
術後は毎日、麻彩さんに付き添っていた兄の健也さん(仮名)が主に記したもので、最後の3日ほどは母の筆跡も見られる。
「闘病記」より抜粋した主な内容は以下の通り(原文ママ、個人名など一部修正あり)。
大手術…麻彩は本当に頑張ったんだ
2月7日(木)
AM9:30 オペ開始。
術前に手術時間が短ければ臓器切除、長ければ臓器保存と言われていた。
PM10:30ぐらいにICUに呼ばれ、家族皆心配する。途中経過を聞き、出血多量との知らせ…家族皆余計に心配になり、無事を祈るばかり…。
AM12:00頃、主治医から手術の説明があり、良性の腫瘍だった事を知らされた。また、CTでの検査断面図よりも病状もひどかった事による大手術であった事も知らされ、麻彩は本当に頑張ったんだと思った。
2月9日(土)
相変わらず麻彩は寝たままだが、顔色が良いので安心はしていたが、夜、主治医から電話があり、術後の状態があまり良くなく、透析をするとの事。
2月11日(月)
いつものように群大へ。今日から暴れない様に手足をしばらなければならなくなってしまった。だんだん髪の毛も油っぽくなり、可哀想で仕方がない。
何度も乱れる呼吸…何も出来なくてゴメン!
2月13日(水)
主治医に呼ばれ群大へ。
麻彩は多臓器不全気味で、明日のオペは中止。肺の状態が少し悪くなった事に伴い、気管切開を行うとの事。おなかも閉腹。明日の切開以降は経過を見ながら2回目の手術。
悪性腫瘍だけはないように……と祈るばかり……。
2月17日(日)
今日は目を開いていた。話しかけても、瞳孔が一点を向いたままで何も気付いてくれない。苦しいのか、何度も寝返りをうとうとして動いて呼吸が乱れることもしばしば。すごく可哀想で見るに見られない状態だった。
麻彩ちゃん、何も出来なくてゴメン! 早くよくなって、一緒にバカをしたいね(泣)。
2月19日(火)
黄疸の症状もまだひかないので、何とか元気な姿になって欲しい。毎日辛いが、一番 辛つら いのは麻彩自身! 家族は麻彩が良くなるのを祈るしかない。頑張れ麻彩! お願いします神様……。
2月20日(水)
母と2人で群大へ。ガーゼの交換で待っていたのだが、偶然にも主治医と会い、お話しする事に。黄疸の症状はあるが、他の臓器は徐々に回復との事。黄疸は気になるが、他の臓器が回復という事だけでも少しは安心材料だ。
気付いてくれた(泣)…早く元気になって、ディズニー行こうね
2月21日(木)
今日も母と2人で群大へ。昨日に続きまた処置のため待たなければならなかったが、なんと!! 久しぶりに麻彩が目を開けていて、2人に気付いてくれた(泣)。今日は麻彩が喜ぶ事を沢山言ってあげた。麻彩も時おり反応してくれて、すごくhappyになれた。やっぱり麻彩には笑顔が似合う。麻彩ちゃん、早く元気になって、ディズニー行こうね。
2月22日(金)
今日は瞳を開いたまま、ずっと気付いてくれなかった。昨日笑顔を見せてくれたので、すごく心配になってしまった。黄疸が以前よりもひどく見えた。
2月23日(土)
午前中に父と親族3人が群大へ。午後は母方の親族で群大へ。母が買ったCDを持って行ってあげた。今日も笑顔はなかったが、目が昨日よりも良い感じがした。早く良くなって家に帰って来て欲しいと思う今日この頃…。
「進行性のすいガン」…、家族があきらめてどうする!!
2月25日(月)
今日は少し麻彩が起きていて、多少言葉のやりとりをした。久しぶりに麻彩の笑顔を見た。少し安心して帰宅したのだが、夜に主治医から呼び出しがあり、インフォームドコンセントをすることに。そのなかでまさかの宣告をされる。病理の検査結果は「進行性のすいガン」だそうだ…。今まで良性だと信じてきたのに…(泣)。いや、絶対信じない!! 麻彩が頑張っているのに、家族があきらめてどうする!!と自分に言い聞かせた。麻彩は絶対良くなって、家に戻って来る!!と信じ、これから先も一緒に闘うぞ!!頑張れ麻彩!!
2月26日(火)
昨日のことがあったので、少し不安な気持ちで群大へ…。麻彩はちゃんとわかってくれて、返事をしてくれた。こんな時、G(注:麻彩さんの元恋人)が麻彩に会ってくれたら…と思っていたら、夜、Gからメールが来た。今週末、麻彩に会いに来てくれるそうだ。麻彩には何にも代え難い薬だ。祈り続ければ奇跡は起こるかもしれない! 本当に嬉しい連絡だった。
2月27日(水)
麻彩の状態は相変わらず良くならない。黄疸もずっと出ていて、良くなったり悪くなったりの繰り返しだ。
2月28日(木)
Yちゃん(注:友人)がMDを持って来てくれて、ディズニーなどが入っていた。麻彩はディズニーが好きなので早く良くなって一緒に行きたい。好きな音楽を聴いて少しでも良くなれば良いのだが…。
2月29日(金)
明日いよいよGが来てくれる日。
麻彩は少しわかってくれたみたいで、嬉しく思っているように見えた。
元恋人のお見舞い…彼を思うパワーが麻彩の力
3月1日(土)
いよいよGが来てくれた。今日は透析もしておらず、麻彩のGを思うパワーが通じたのか、びっくりした。行ってすぐに麻彩が気付いたので、二人きりにしてあげた。明日何か良い変化があれば、Gのおかげだと思う。頑張れ麻彩!
3月2日(日)
今日は気管切開の管がステップアップしていた。Gパワーはやはり麻彩の力の源なのだろうか? 麻彩に良い事はどんどんしてあげたいと思った。
3月7日(金)
今日はTVを見ていたので、元気かと思えば、涙を流していた。あと少しだから頑張って!
3月11日(火)
ついに外科病棟の個室へ。面会は好きなだけ出来るので、これからは少しでも多くいたいと思う。
主治医「今月末頃まで」…愛しい娘、負けるな
3月12日(水)
(略)麻彩は時おり笑顔を見せたが、いつもよりは元気がない。非常に心配だ。加えて、主治医にダメ押しともとれる言葉を言われてしまった。「非常に厳しい!」と…。母と一緒に何度も泣いた。
3月13日(木)
今日は健也が麻彩に付き添い、眠れないとのこと。今頃になって本音を言えたと思うと痛々しい。神頼みと何とか奇跡が起きて欲しいと願う。命に代えても助けて欲しいと思う愛しい娘、負けるな…。
奈落の底に幾度、落とされたら…やり切れない思いだけが残ってしまう
3月15日(土)
主治医から今月末頃までという話、未だに信じられず、何かしてやれなかったかというやり切れない思いと奈落の底に幾度、落されたら良いのだろうか? このままではやり切れない思いだけが残ってしまう。
3月16日(日)
(略)ウトウトして麻彩に怒られてしまった。どうにか奇跡が起こって欲しい! また、麻彩だからこそ奇跡は起こせるハズ! 麻彩頑張れ! そしてご先祖の皆様、そしてモモ、チビクロ、トラ、チョコ、フック(注:ペットの犬たち)皆、麻彩を助けて!
3月18日(火)
きょうは朝から透析、体もだるく相当疲れている様子。何とか良い方向にとキチンキトサンを投与していただく。皆の思いがどうぞ愛しい娘に奇跡を!お願いします。やりたい事、まだまだ沢山あるじゃない。病は気からという、負けるな麻彩!
3月19日(水)
麻彩さんが亡くなった3月19日は、日付以外に何も書かれていない。それ以後、ノートは真っ白なままだ。
【略歴】
高梨ゆき子(たかなし・ゆきこ)
社会部で遊軍・調査報道班などを経て厚生労働省キャップを務めた後、医療部に移り、医療政策や医療安全、医薬品、がん治療、臓器移植などの取材を続ける。群馬大学病院の腹腔鏡手術をめぐる一連のスクープにより、2015年度新聞協会賞を受賞。
群馬大学病院の手術死問題
群馬大学病院第二外科で、同じ医師による肝臓の腹腔鏡手術を受けた患者8人が術後約3か月以内に死亡していたことが2014年11月に発覚し、その後、肝臓や膵臓の開腹手術でも死亡が続発していたことがわかった。
第三者の調査委員会が発足し、診療内容の詳しい検証には日本外科学会の50人を超える外科医が携わるという大規模な調査が行われ、2016年7月に調査報告書が公表された。調査結果からは、医師の技量だけでなく、手術が妥当かどうかの判断や事前の検査、手術後の管理にも様々に問題のある杜撰な医療が行われていたことが判明している。手術死の続発には、教授の指導力不足や第一外科との対立など組織の問題が色濃く影を落としていた。報告書の指摘を踏まえ、群馬大学病院は組織や診療のあり方を見直し、改革を進めている。