在宅医療における特定行為について

在宅医療における訪問看護師の特定行為ですが基本的には内容によっては認めるべき必要はある程度はあるかと思っています。ただ判断する行為には責任が伴うのでどこまで看護師個人の責任となるのか、これから社会的にもよく議論していかなければいけないと思います。褥瘡の処置でも看護師がどこまでやっていいのか、点滴はどこまでの判断で行っていいのかなど、判断を必要とする行為はたくさんあります。これから患者さんの医療への意識も高まっているなかで、特定行為を含めそのような判断を伴う行為を本当に看護師さんがしたいのか、できるのかどうなっていくのでしょうか、皆さんはどう考えますか。

これまで在宅での看護師さんをみていると病棟での経験が十分にあって、かつ訪問看護歴がある程度長い人は責任をもった判断をある程度できると思いますが、それ以外の看護師さんにとってはかなりハードルが高いのではないかなぁと考えます。

以下に看護協会機関誌からの記事を抜粋します。専門性を発揮し国民のニーズに答える!とありますが、まずは内容を見てみましょう。

 

http://asmss.jp/2015/07kango.pdf より

在宅医療の主役は訪問看護師
特定行為を通して地域包括ケアシステムの核に
医療法人アスムス 理事長 太田秀樹
在宅医である太田秀樹氏は、 専門職が専門性を高めるだけてなく、 多機能性が求められるのは時代の必然と指摘。在宅医療の主役である訪問看護師には、特定行為を行うことを通して地域包括ケアシステムの核になってほしいと訴えます。
在宅医療、 介護への期待の高まり
世界一の規模とスピー ドで訪れた人口構造の変化によって、 地域医療の姿は大き く変わらざる を得ない状況と なっ て います。 医療技術が進歩して、 従来であれば救うことが困難だった命も救命可能になりましたが、 一方できまざまな障害とともに暮らさねばならない人たちを増加させています。 さらに、 長寿化によって、 避けがたい口コモティ ブ症候群、 サルコペニア、 認知症など、 いわゆる 「老年症候群」と暮らず高齢者はおびただしい数になり ます。根治を期待できない疾病も含めて、 高齢者たちの健康課題をいったい誰が、 どこで解決してゆくのでしょうか。 もはや入院や外来といった従来のヘルスケアシステムの中で対応することが困難なのは誰の目にも明らかです。 そこで、 地域居住の継続をめざした 「地域包括ケアシステム」 の構築が叫ばれ、 とり わけ在宅医療や在宅介護への期待はいっそうの高まりをみせています。
在宅医療の主役は訪問看護師
本来、 医療が介入した妥当性の尺度は、 客観的なデータです。 たとえば、 放射線療法でがんのサイズが小さくなった、 化学療法で腫瘍マーカー値が低下したというように、 数字で示すことが可能です。 ところが、 在宅医療においては、 QOL が物差しとなることが多く、 仮にがんが大きくなったとしても、 その人らしい尊厳ある生活を支えるという役割を担っています。 これが、 キュアからケアへ、 治し支える医臨といわれるゆえんなのです。さらに、 在宅での療養生活を継続させてゆく上での課題は、 まず療養環境を整えることから始まり ます。 そして、 食事や排泄、 入浴など当たり前の生活を上位概念と した上での機動力ある医療の提供が求められます。 医療が支配する病棟での入院生活とは全く 異質です。 したがっ て、 看護師たちが持つ本来の職能を十二分に発揮できるのが在宅医療の領域であることに疑問の余地はありません。long term care の現ま湯では、 看護師たちこそが主役なのです。
訪問看護における知識と技術
多職種で支える在宅医療の歴史はさほど長くありません。 2000年に導入された介護保険制度に牽引されて市民権を得たこともあって、 在宅医療や訪問看護に対して社会全体が正しい認識を共有するには、 時間が必要でした。 訪問看護師が自宅で点滴を行うことですら、 合法なのか、 はっき り とした解釈は示されていませんでした。 介護職の身体介護と訪問看護との役割の違いを明らかにすることが難しい状況もあったのです。補液については、 2002年 (平成ー4年9月 30日付) 医政局通知 (医政発第 0930002号) によって、はじめて法に抵触しないことが示され、 在宅で看護師がよ り看護師らしい仕事ができる環境が整いつつあるといえます。在宅で補液ができるようになると、 脱水状態に陥りやすい虚弱な要介護高齢者たちがよ り安定した状態で長く在宅医療を継続することが可能となり ました。 ただ、 在宅医療においては、 静脈ライ ンを確保するという技術だけでなく、 同時に脱水状態にあるという判断も求められるのです。 さ らに、現場では、看護師が1人で行わねばならないという病棟とは全く異なる環境にあり ます。 何らかの不測の事態に遭遇した場合には、 同僚の看護師に応援を求めたり、時には医師に頼ったりすることが難しいのです。そして、 虚弱な要介護状態の高齢者たちの問題は、 脱水だけではあり ません。 サルコペニアに象徴される低栄養、 長期臥床による廃用ゃ褥瘡のケアなど、 医師よりもむしろ看護師がより主体的に、 積極的にかかわらねばならない問題をたく さん抱えています。こういった背景の中、 特定行為に係る看護師の研修制度の施行によ り、 看護師たちが実施できる医療的行為を特定行為と認定し、 しっかり とした研修を受けることで、 看護師たち自らの判断で、 一歩踏み込んでかかわることができる全く新しい時代が幕をあけました。 在宅医療の領域においては願ってもない朗報だと考えています。
タスクシフティングは時代の必然
1960年代には、 医療施設を訪れて血圧を測定するのが当たり前でした。 しかし、 今、 血圧は誰でも自宅で測定することができます。 聴診器やマンシェットを利用して血圧測定するという技術がなく とも、わずか数千円の機械が簡単に測定してくれます。
1980年代には、 自宅で人工呼吸器を装着して生活して いる人はいませんでした。 しかし、 人工呼吸器は小型化し、 メ ンテナンスフリーとなり、 家電製品のように安全に扱えます。 在宅で人工呼吸器が使えるのです。 1990年代になる と、 胃瘻から食事をする新
しい栄養供給の手段が開発されま した。 イ ンスリ ン注射を自分の手で行えるなど、 誰も想像できなかったことでしょう。 血糖を測定することも、 指先でサチュレーショ ンをモニターし、 動脈酸素分圧を推測することも、 これらを医療職の手を借りずに、 専門的医学知識の乏しい患者が自ら行うことができる時代です。 確立された技術は、 さらに改良され、 最終的には特殊な技能を持たなく とも安全に扱えるような道具となります。介護職が痰吸引などの医療的行為を行えるように法制度が改定されたのは記憶に新しいことでしょう。 その際に安全性が担保できるか不安だと看護師からの懸念の声を聞きました。 今回は看護師たちに任せるのは心配だと一部の医師たちから反対意見も出ています。 しかし、 法律が整備された時代と社会が大き く変わっていることを理解しなくてはなり ません。 科学技術の進歩は、 しばしば技術革命とまで表現されるように医療のあり方そのものを大き く変容させました”。専門職の役割が変わり、 守備範囲が広がるのは当然です。 さらに、 加速度を増して進行する超高齢社会においては、 専門職がより新しい技術を身に着け、 より専門性を高めるだけでなく、多機能性が求められるのは時代の必然です。
特定行為の課題
今回、 慎重な審議の末、 38の行為が特定行為と認定されました。これらはあく までも「診療の補助」としての位置づけですが、 その内容は極めて多岐にわたります。たとえば、 人工呼吸器の条件の変更は、 技術的な課題というよりも、 判断が求められます。 病態を適切に評価する能力といってもよいかも しれません。一方で動脈穿刺などは、 解剖学的な知識は必要ですが、 穿刺技神示を磨く必要があり ます。それぞれの行為には、 それが求められるに至った事情や背景があり、 したがって研修の方法も、 研修の場も違ってきます。 したがって、 訪問看護の場面で求められる特定行為について、 はたして深い議論がなされた結果なのか、 疑問はぬぐいきれません。大部分の行為が、 intensive care の病棟を想定して提案されたように感じます。 褥瘡のケアでも、 各種カテーテルや ドレーンの管理においても、 在宅で求められる技能の水準が、 病棟のそれよ り高いと考えています。在宅では、 医師のいない環境で、 看護師がー人で判断し、 ー人で実施するという特殊性だけでなく、看護師がその場を離れた後の管理を、 患者、 家族、あるいはホームケアに携わる仲間たちに委ねること
になり ます。 訪れた理学療法士からの 「褥瘡に当てられたガーゼから血液のに じみが多いですよ」、 介護職からの 「尿の量が少ないだけでなく、 浮遊物が多い気がしますよ」 などの情報がとても貴重なものとなり ます。 そして、 家族には、 たとえば、 予想以上の出血があったときは、 慌てずに、 清潔なタオルで局所を圧迫して、 「医者が到着するまで、 待っていてく ださい」 などと指導することも必要になります。病棟では処置に患者や家族の手を借りることは考えられませんが、 在宅では違います。 家族や患者を含めたホームケアチーム全員が特定行為への理解をもって協働する姿勢がより強く求められるのです。
訪問看護師は地域包括ケアシステムの核に
筆者が在宅医療を始めたのは、 まだ高齢社会を迎えていない1992年です。 その時代から訪問看護を基軸と したグループ診療による 24時間体制で看取りまで支えてきました。 終末期まで責任をもってケアしてゆくために、 看護師たちの力は大変大き く、今回、 特定行為として議論された医療的行為はすでに看護師たちの手によって実施せねばならなかった状況もあり ました。よ り質の高い在宅医療の実践に、看護師たちの職能を生かして、 自ら判断して、 自らで対処していく ことが、当然求められていたのです。手順書作成のモデル事業にも参加しま したが、 まさに私たちの実践を普遍化する作業だったように感じます。在宅療養中の患者 -家族にとって信頼される訪問
看護師は、 何でも相談できる大変身近な存在です。医師には遠慮があっても、 看護師の敷居は低いはずです。 また、 介護職たちにとって医療とのリエゾンです。 だから特定行為を通し、 より踏み込んだナーシングを実践して、 地域包括ケアシステムの核となり、 さらにエンパワーメントしてほしいと願っています。