GWが来ましたね

あっという間にGWが来ましたね、が自分にはあんまり関係ないですね・・・・

 

こんにちは、週末は札幌もいい天気で素晴らしいですね。今日は庭に植える花を見に家族で近くの花屋さん見に行ってきました。

↓ここ

1

↓最近まで天気は今一つかなと思っていましたが花はもうきれいに咲いていますね。色んな花屋さんみて、少し買い揃えてみました。(もちろん自分は荷物もちだけですが)

2

↓中にはこんなオブジェも・・・まぁこんなのに反応するのは元脳外科医だからでしょうね

3

 

さて最近はこんな記事2つの記事を読んでみました。

1つめ 読売新聞から 患者少なく市が年10億円補助、市立病院経営難 http://www.yomiuri.co.jp/economy/20170428-OYT1T50067.html  

兵庫県川西市立川西病院(東畦野)の経営状況が悪化し、早急な改革が求められる事態になっている。

医師や看護師数に比べて患者が少ないことに加え、新たに導入した施設や機器も十分に活用できていないのが原因。毎年、約10億円の補助金を出している市の担当者も危機感を募らせている。

川西病院には現在、内・外・小児科など計13科があり、稼働中の病床は234。医師30人と看護師196人が正規職員として勤務する。

経営悪化が表面化したのは2015年。14年度決算で、資金不足比率が25・8%に達し、国の経営健全化基準である20%を超えた。このため、経営健全化計画を作成し、総務大臣と県知事に報告しなければならない事態に陥った。

昨年3月に市がまとめた同計画などによると、09年度初めに33人いた医師が11年度末には20人に減少。処遇改善などで、15年度初めには31人まで戻した。

この過程で給与費が増えたが、患者の増加策が不十分で医療業務の赤字は09年度の約8億5000万円から、14年度には10億6000万円に拡大。収益に対する給与費の割合も74%と全国の公立病院の平均(56%)を大きく上回った。

さらに、13年に行った緩和ケア病棟(21床)や無菌治療室の開設、心臓血管撮影装置の導入なども重荷となった。救急患者を断るなどして稼働率が上がらなかったためで、14年度に資金不足比率が急激に悪化した。

危機感を強めた病院は、「補助金の適正額は2億5000万~3億円」(市担当者)とされる中、約10億円を受けているのに加え、市からさらに約7億円を借り、15年度の資金不足比率を13・8%に下げた。だが、抜本的な改革は行われず、赤字額は約9億7800万円と危機的水準のまま。このため、市が昨年12月に示した新経営改革プラン(16~20年度)でも、約10億円の補助金はなくせないとの見通しが示されている。

公立病院はかつて、採算の取れない医療サービスを提供する役割があるとして、多少の赤字は許容される風潮があった。だが、総務省は「民間病院が多い都市部では、必要性の乏しい公立病院は廃止・統合を検討していくべきだ」と指摘。07年に経営効率化などを求める公立病院改革ガイドラインを作るなど、厳しい姿勢を示している。(脇孝之)

 

 

公的病院の役割とは現在の社会情勢上なんなんでしょうか?自分としては民間ができない不採算部門、分野の医療を提供していくことが社会的には公的病院に求められていることだと思います。今後の超高齢化社会にむけて、一国も早く体制変化が求められていると感じるのは自分だけでしょうか?

ただあまりにも医療を営利企業にまかせていくと突然こんなことが起きる可能性があります。

 

2つ目 日本経済新聞から 帝人、米在宅医療から撤退 オバマケアで収益環境悪化     http://www.nikkei.com/article/DGXLASDZ28IUC_Y7A420C1TJ1000/ 

帝人は28日、米国の在宅医療事業から撤退すると発表した。医療費の抑制につながる医療保険制度改革法(オバマケア)を受けて収益環境が悪化した。帝人子会社が全額出資するブレイデン・パートナーズ(BP)とアソシエイテッド・ヘルスケア・システムズ(AHS)の株式を米投資ファンドに売却する。売却額は明らかにしていない。

BPの直近の売上高は6300万ドル(70億円)、AHSは500万ドル(5億5千万円)。

帝人は同日、2017年3月期の最終的なもうけを示す連結純利益が前の期比61%増の501億円となったもようだと発表した。従来予想に比べて131億円上振れした。米在宅医療事業からの撤退で150億円の特別損失が生じるが、税金費用が260億円減る見込みのため。

 

現在の在宅の分野は多種多様な営利企業が参入しています。今後介護や診療報酬減となっていくと、これらの営利企業がいつまで訪問看護や通所系のサービスを提供していくと皆さんは考えますか?正直これから先の数年は、今まで当然のようにあったサービス提供会社が突然なくなること、多発すると個人的には思っています。そんな時代になったとき、国は企業の徹底を恐れずに介護費等の社会保障費用の削減ってできるでしょうかね・・・・・・

 

さて今日は簡単にこの辺で、庭掃除手伝わないと・・・・・

リカステの花言葉

花の飼育が趣味の患者さんからリカステっていう花を頂きました。

FullSizeRender (1)

ちなみにリカステの花言葉は「清らかな心」「清浄」「快活」「力まずに」とのこと。自分にぴったりですかね・・・・・・なーんて冗談です。自分は髭もひどいですし今はこっちの方が近い感じです。

無題

(何回聞いてもリカステをリカオンって覚えてしまいます・・・)

 

こんにちは、最近朝は子供に聞かせる意味もあってクラシック聞いていますが、この方のピアノすごくいいですね

他の曲も色々聞いてみたいと思いますが是非皆さんも朝に聞いてみてください。1日が楽しく始まりますよ。あとお母さんの文章もとても素敵ですので是非一読ください。

辻井 いつ子
「今日の風、なに色?」〜息子・辻井伸行と歩んだ道のり〜 http://www.jinken-net.com/close-up/1007.html

 

さて本日は気になる記事がありましたので紹介します。以下まず一読を

BLOGOSより 「在宅医療」の罪深い現実を見せられて http://blogos.com/article/218796/

先日テレビを観ていて大きな衝撃を受けました。それは著名な医師・早川一光さんの『こんなはずじゃなかった 在宅医療 ベッドからの問いかけ』というNHKのETV特集です。昨年に放送された分の再々放送のようなものでしたので、ご覧になった方も多いと思います。

何にショックを受けたかというと、信じていた人に裏切られたということでしょうか。早川さんという人を私は深く尊敬していました。それは一度だけ聴いたラジオ番組に起因しています。ご自身の病院を訪れる高齢の男女の患者の姿の観察を通じて、人間はひとと繋がっていることが大事であることを説き、そして笑いがひとの健康にもたらす効用について語った含蓄ある中身のものでした。

▼この人は、現在93歳。戦後京都市西陣で住民の手による堀川病院を作り、「在宅医療」という言葉も制度も未だなかった時期から、積極的に地域にでて往診医療活動を展開して、病院ではないところでも安心して医療を受けられる仕組みを整えることの大事さを訴え続けてきたのです。今回私が観た番組では、その偉大な医師自身が「多発性骨髄腫」というがんを患われ、いたって気弱になられている姿を描いていました。早川さんが信じてきた「在宅医療」が結局は砂上の楼閣だったのではないか、という風にご自分が思っておられるように受け止められました。

ご自分の病んだ姿を赤裸々に放映されるということに大変な勇気を感じますが、一方でここまでさらけ出さずともいいのではないかとの思いが禁じえませんでした。医療の現状と人間の弱さが同時に映し出されて、信じていたものが同時に崩れ去る危うさを実感してしまったのです。どこまでも先生には孤高の姿を貫いてほしかったのに。

▼後輩の主治医が訪問して「早川先生が死を怖がっているのを見るのは最高です」と言っている場面や、早川先生に究極の選択を迫った場面が極めて印象的でした。それは、主治医が「痛みや苦しみを感じた際に、自宅から病院に行くと、それから解放されるが、それだと、自宅で死を迎えるという(早川さんの)年来の願望を果たすことができないかもしれません。また、ずっと自宅にいると、痛みや苦しみから逃れられないかもしれません。さあ、どっちを選びますか。先生ご自身の判断ですよ」という風に早川さんに迫ってるところです。結局、早川さんは決断を先送りしてしまうのです。

▼「自分ががんを患うとは思わなかった」とか「枯れたくない。熟れるのならいいが」とか、極めて人間的な発言も口にされるのは聴きたくないとの思いが強くします。テレビ放映の狙いは、在宅治療の制度的問題点に早川さん自身が気づいたことを「こんなはずではなかった」とするところにあったと思います。しかし、実際には人間の生き方をして早川さんに「こんなはずではなかった」と言わせているように思われます。人生の晩年にあたって、ひとを根底から救うのは医療だけではない、宗教、哲学、芸術といった分野も含む「総合人間学」だということに、早川さんは早い段階からひとに訴えていたはずなのに。

それにつけてもこの番組は罪深いと思います。できれば早川さんには、強がりであっても、たとえ幻想であっても、強い人のままの姿を見せてほしかった。かつては患者の急な容態の変化に対応するために枕元に置いてあった携帯電話。それが今ではご自身が夜中に寂しくなって安心を得るために掛ける役割へと180度変わったというのではあまりに残酷という他ないのです。

 

 

この記事「在宅医療」の罪深い現実を見せられて、なんて題名ではなく「人間のいつの時代も変わらない弱さの現実を見せられて」ってすべきじゃないでしょうか?文中の赤文字は今井が赤くしたのですが、この記事、というかこの発言を書いた人は患者さんの弱さ、死への恐怖への洞察や共感ができないんでしょうかね?皆さんはどう考えますか?

在宅医療に興味のあるMSWの方を継続して募集しています

在宅医療に興味のあるMSWの方を継続して募集しています。

興味のある方は当院の求人要項のみでなくこちらを参考にしてみてください。

https://www.hellowork.careers/%E5%8C%BB%E7%99%82%E6%B3%95%E4%BA%BA%E7%A4%BE%E5%9B%A3%E3%80%80%E9%9D%92%E8%91%89%E3%81%A7%E3%81%AE%E5%8C%BB%E7%99%82%E3%82%BD%E3%83%BC%E3%82%B7%E3%83%A3%E3%83%AB%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AB%E3%83%BC%E3%81%AE%E3%83%8F%E3%83%AD%E3%83%BC%E3%83%AF%E3%83%BC%E3%82%AF%E6%B1%82%E4%BA%BA%E6%83%85%E5%A0%B1%EF%BC%88%E5%8C%97%E6%B5%B7%E9%81%93%E6%9C%AD%E5%B9%8C%E5%B8%82%E4%B8%AD%E5%A4%AE%E5%8C%BA%EF%BC%89-%2001010-16620071/

在宅のフィールドが一番MSWさんが必要とされている場所だと自分は考えています、是非ご連絡ください。

在宅での腹水穿刺

琴似で本日対向車線走っている高齢ドライバーみたんですが事故にならなかったんでしょうか・・・・・

 

こんにちは、在宅での腹水穿刺の機会はあんまり多くない印象ですがたまに行うことがあります。自分の経験としては年に1~2例程度でしょうか。ほとんどが利尿剤の調整やCARTの依頼などで解決するようにしているため、実際に在宅で抜くことはあんまりないかと思いますが・・・・皆さんの患者さんはどうでしょうか?(もちろん退院時の最初からカテ留置されている患者さんは含まない数です。)

そんな時にやっぱり在宅で役に立つのはこの機械ですね!!

↓携帯エコーのVSCANです

product02g-01

まあ病院で設置してあるもの程ではないですが、臨床に使う点においては不自由なくよく見えますので実際に穿刺程度の手技であればこれで十分かと思います。値段も徐々に安くなってきていますので在宅医療を実際にされている先生は是非これは持参してほしいですね。

 

さて本日の医療ニュースはこちら、クオール薬局さんの問題の追加記事です。最近あんまり記事探す時間なくておんなじ話題で記事みてみました。来年度の改定にどう影響するのか、記事をみて予想していきましょう。

m3.comより

日本保険薬局協会・中村会長が引責辞任 https://www.m3.com/news/general/523820

日本保険薬局協会・中村会長が引責辞任

日本保険薬局協会(NPhA)の中村勝会長は、4月14日付けで会長職を辞することを発表した。中村氏が代表取締役会長を務める保険薬局チェーン『クオール薬局』で、調剤報酬に関する不正請求が行われたとする一部報道を受けての引責としている。薬業三団体のトップのひとりである中村会長の辞任のインパクトは大きく、先日行われたばかりの薬剤師・薬局関係団体懇談会で厚労省から「偽薬流通問題に決意を持って臨んで欲しい」と要望された直後における事態の急転は、業界の信用性にも直結することが懸念されている。

自社薬局の不祥事報道を受け決断 調剤薬局チェーンに対するバッシング再燃も

報道各社に送られたFAXで中村会長は、秋田県秋田市におけるクオール薬局で不正請求が行われていたとする報道により、「NPhA会員及び関係者に多大なる心配をかけ、誠に申し訳なく、謹んでお詫び申し上げる」とし、不正請求に関する報道内容を事実上認めた。そのうえで「責任を明確にするためNPhA会長の職から辞する」ことを発表するに至っている。NPhA会長が不祥事で引責辞任に追い込まれるケースは初めて。

昨年5月の総会において中村会長は任期を特別に1年延長して会長職に再任しており、その際には「国民皆保険制度下における医薬分業のあり方に関する政策提言」を打ち出す方針にあったほか、第2回ファーマシーフェアの開催を目前に控えての辞任は、協会内外に著しい影響が生じることが懸念される。

NPhAは本年5月17日に開催した定時総会において、次期会長候補者に内定している南野利久副会長(メディカル一光代表取締役社長)にバトンタッチする予定となっているが、同氏は先ほどのNPhA定例記者会見で「総会で正式な了承を経てからコメントしたい」と語っており、微妙なニュアンスを含んでいる。

なお、既に開催が決まっている健康サポート薬局研修の修了認定証に関しては、次期体制が決定するまでの間、経過的に中村会長の名前で発行することとなっている。

日薬は詐取行為として厳しく非難

その一方、日本薬剤師会は今回の事案に対する見解を発表。秋田市のクオール薬局で行われていた行為について「不正に高い点数を算定するため、点数表の要件に定められた処方箋の集中率を意図的に低い割合とするよう、同一グループ内の他の薬局で受け付けた処方箋を当該店舗で受け付けたものとして保険請求するもので、いわゆる付け替え請求」であると指摘。同社がこうした行為を認めていることから、「調剤報酬の詐取を目的とした意図的な行為」と非難したうえで「薬剤師倫理にも悖る許しがたい行為で、百万言を費やしても申し開きできない事実」と著しい嫌悪感を打ち出した。

さらに17日現在、日薬はクオールに対して事実関係を直接確認するため説明を求めているが、同社から説明責任が果たされていないことにも併せて不快感を述べている。

保険薬局協会等の会員店舗を巡っては、薬歴未記載問題、無資格調剤など、毎年のように不祥事が発生しており、倫理意識の低さが内外から言及されている。中村会長はハーボニーの偽薬流通・調剤問題の際に、いわゆる現金問屋から医薬品を入手していた会員企業である関西メディコの行為について、「考えられない」と非難するコメントを出していた。今回の不正請求に関しても全国展開しているというスケールメリットを利用した行為であり、調剤薬局チェーンという企業全体について同様の行為が行われている疑惑が向けられることになる。

さらに規制緩和で敷地内薬局が認められた際には、NPhA会員企業がこぞって公募に巨額の資金を投入している実情からも、業界全体が冷ややかな視線に晒されていることは否めない。

こうした逆風の中で発生した会長店舗の不祥事とそれに関連する引責辞任は、初夏から本格化する診療(調剤)報酬改定議論に関して追い風になることは考えにくく、下火になった調剤バッシングを再燃させる可能性も出てきた。

 

 

あっという間に週末が近づいてきました・・・・まずいですね・・・

 

地道な活動ですが

庭の桜のつぼみも大きくなってきました。そろそろ開花まで秒読み段階ですかね

FullSizeRender

 

こんにちは、移転して外来を本格的に行う予定ですがようやくクリニック建設の第一歩、杭打ちが始まりました。

あ

一応完成は9月中旬から末にかけての予定ですがとても楽しみです。本格的に外来×在宅のミックスタイプの診療ができるのでその可能性がどれだけ追及できるのか、今から準備していきたいと思います。個人的にはこれから10~20年のスパンで考ええると地域の診療所として求められる機能は外来だけでもだめですし、もちろん在宅だけでもダメなんじゃないかなと思います。両者を知った上でどれだけ効率的に多職種が連携できるような核となる診療所をつくることができるのか、そこがキモになるんじゃないかなって考えていますが・・・・・工事の経過はちょびちょび写真で報告したいと思います。

さて本日は忙しい診療やカンファの合間をぬって病院で行われたデスカンファに参加してきました。在宅チームと病棟と退院調整のスタッフさん、そして実際に介護、お看取りをしたご家族もお呼びしての会となりました。実際の患者さんの過ごし方、家族の方の気持ち、そして看取った後の感想など少しでも病棟の看護師さんに伝わって次の患者さんにつながればいいなと思っています。地道な活動ですが今年はこんな病院に働きかける活動も診療とあわせてゆっくりゆっくりしていきたいと考えています。

 

さて本日の医療記事はこちら、薬局さんの不正請求についてです。医師であればおそらくその担当の医師は保険医停止となると思うのですが薬剤師さんはどうなるのでしょうか?保険診療停止?代表の日本保険薬局協会の会長辞任だけで済む問題なんでしょうか?この件、次回の診療報酬改定に向けて薬局薬剤師制度への大きな一打となると個人的には思いますので皆さん記憶の片隅に置いておいておいてください。

①薬読より

クオール薬局の不正請求「許しがたい行為」‐山本会長がコメント https://pharma.mynavi.jp/contents/yakuyomi/industry_news/%e3%82%af%e3%82%aa%e3%83%bc%e3%83%ab%e8%96%ac%e5%b1%80%e3%81%ae%e4%b8%8d%e6%ad%a3%e8%ab%8b%e6%b1%82%e3%80%8c%e8%a8%b1%e3%81%97%e3%81%8c%e3%81%9f%e3%81%84%e8%a1%8c%e7%82%ba%e3%80%8d%e2%80%90%e5%b1%b1/

薬+読 編集部からのコメント

調剤薬局チェーン「クオール」の薬局で保険調剤に関する不正行為が行われていた問題。日本薬剤師会の山本信夫会長は、「多くの薬剤師、薬局が長年にわたり築き上げた信頼を一瞬にして貶めるもので、百万言を費やしても申し開きができない」とコメントを発表し、謝罪しました。また、日本保険薬局協会(NPhA)の中村勝会長はNPhA会長を辞任すると発表しています。

日本薬剤師会の山本信夫会長は17日、調剤薬局チェーン「クオール」の薬局で保険調剤に関する不正行為が行われていたことについて、「薬剤師倫理にももとる許しがたい行為。多くの薬剤師、薬局が長年にわたり築き上げた信頼を一瞬にして貶めるもので、百万言を費やしても申し開きができない」とのコメントを発表。職能団体を代表して謝罪した。

クオールの不正行為は、同社の「クオール薬局秋田飯島店」(秋田県秋田市)において、調剤報酬の調剤基本料を高く算定するため、他薬局の処方箋を受け付けたとする付け替え請求を行っていたことが一部報道で発覚した。

日薬は、同社に事実関係の説明を求めていたものの「未だ説明責任が果たされていない状態」とし、「今回の事案は、調剤報酬の詐取を目的とした意図的な行為であり、健康保険の健全な運営を著しく損なうだけでなく、調剤実体のない薬局から保険請求を行う薬剤師倫理にももとる許しがたい行為」と批判した。

さらに、「多くの善良な薬剤師、薬局が長年にわたり築き上げた信頼を、一瞬にして貶める行為で、百万言を費やしても申し開きのできない事実」と断じ、「会員のみならず、全ての薬剤師が高い倫理観と専門職としての矜持を持ち、社会から信頼される医療人として、日々の業務に取り組むよう強く求める」とコメント。職能団体を代表して国民や患者、医療関係者に謝罪した。

その上で、二度とこうした不心得な薬剤師が現場に立つことがないよう改めて会員に注意喚起した

 

②その発表を受けての薬剤師さんのブログです。面白いので参考にどうぞ

ライター薬剤師の黒いブログ クオール薬局、やっぱりおかしくないか? http://tkcnr.jp/blog-entry-1053.html

 

 

今日は忙しいのでこのくらいで・・・・・

神頼みは通じるでしょうか

宮の森の地価が異常な事になってきていますね・・・

 

こんにちは、新しい診療所の地鎮祭を先日無事行ってきました。(写真は自分達ではとっていないので載せません・・・)そこで使用した供物の鯛を頂いて帰ってきたので本日時間をみつけ調理してみました。

IMG_5154

ものすごい立派な鯛でしたがyoutubeで鯛のさばき方調べてやってみたら結構うまくいきました・・・・内臓の取り出し方とか骨に沿った包丁の入れ方とか、すごい外科に近い感覚ありますね。昔を思い出しながら楽しくさばき、潮汁と鯛めしの夕飯になりました。(さばき以外の実際の調理は嫁担当です)

さて冒頭の文字ですが宮の森の地価、年々上がってきていますが本当に最近は異常な事態となっています。新しく建築する診療所近辺の土地も、自宅がある近辺の土地も、どちらも自分が購入した時から坪単価20万近く上がっています!!(本当です)だれですか、こんな土地バブルを煽っているのは・・・・・・確かにマンションは立ちまくっていますんで、ある程度の土地は全て新築マンション用の土地で仕込まれてしまうのでしょうね。

診療所近くで狭くてもいいから職員さん専用の駐車場あればいいなと探していますが全く見つからないですし見つかったとしても高すぎて手がでません・・・・・地鎮祭の時、土地の神様に「周辺の土地探しの協力もお願いします」とこそっと頼んでみたのはここだけの話です。神頼みは通じるでしょうか、しばらく経過みて成功したら皆さんに報告したいと思います。

 

さて本日の医療ニュースはちょっと横道にそれてこちらです。自分は動物飼っていないですが、飼われている人にとってはペットも家族同然なんですよね。今まで考えていなかったですが、確かに自分が訪問診療している患者さん宅にいる動物、体調悪くなったら病院連れて行くの患者さん本人はできないんですよね・・・・こんなことしてくれる獣医さん、札幌にもいるんでしょうか・・・

東京新聞より

飼い主、ペット共に高齢化 不安解消へ往診と在宅ケア開業 http://www.tokyo-np.co.jp/article/saitama/list/201704/CK2017041802000158.html

犬や猫などペットの寿命が延びる一方で、介護が必要になったり、飼い主が高齢化して動物病院に通いにくくなったりする問題が起きている。こうした飼い主の需要に応えようと、鶴ケ島市の獣医師立石絵美さん(43)が十七日、ペットの往診と在宅ケアを専門にするサービス「にくきゅう」を開業した。獣医師の往診専門サービスはあまりなく、立石さんは「高齢のペットだけでなく、動物病院に連れて行こうか迷っている人など、すべての飼い主さんにサービスを提供できる」と話している。 (中里宏)

 立石さんは一九九八年から、獣医師として坂戸市や入間市の動物病院に勤務してきた。ペットの餌は犬や猫がかかりやすい病気を予防したり、年齢ごとに栄養を配分したりする高機能化が進んでいる。飼育環境もよくなっていることからペットの寿命が延びる一方、高齢化で在宅医療が必要なペットも増えている。

 また、ペットの高齢化とともに飼い主の高齢化も目立ってきた。運転免許を返上するなどして動物病院に通いにくくなる人もいて、ペットと飼い主の「老老介護」問題も起きている。

 立石さんは昨夏、鶴ケ島市が女性の活躍支援と市のPRを目的に募集した「女性がつくる鶴ケ島ブランド」に応募。同十一月、十八件のアイデアから「にくきゅう」など二件が選ばれた。

 立石さんは「高齢のペットの相談をできるところは意外に少ない。末期を迎えたペットの医療ケアなど、飼い主の不安に応えていきたい」と話す。

 高齢ではなくても、飼い主が体調不良のペットを動物病院に連れて行こうか迷っているうちに時間がたってしまうことがよくあり、診察のときに「もっと早く来てくれれば」と思うこともしばしばあるという。こうしたケースも「往診の方が病院より敷居は低いと思う」という。

 チワワ五頭を飼育している立石さんの知人女性は「病院では待合室でほかの犬に反応して怒ったり、緊張したりするので自宅に来てもらえるのは助かる。ぜひ利用したい」と話していた。

 往診は月、木、土曜日では虫類、鳥を除く小動物が対象。往診範囲は鶴ケ島市を中心に、車で一時間程度の範囲を予定している。ホームページは「11299.JP」で検索。問い合わせは「にくきゅう」=電049(299)6739=へ。

 

猫や犬の皮下点滴くらいなら自分もできそうですがさすがに手術はむりですね、って思いましたが鯛の構造は理解しましたので、鯛飼っている人、調子悪くなったら今井に声かけてくださいね。まあいないでしょうが・・・・・・

悲嘆のケア

あっという間に5月がみえてきましたね・・・・

 

こんにちは、癌に限らずですが病状が進んだ患者さんをみていると必ずお別れの時期がきます。当院の診療が終了した患者さん、大体4~5割くらいが在宅でのお看取りで、残りの半分が入院であったり長期療養施設などとなっています。(最近は施設入所で診療が終了となる患者さん、本当に多くなってきた気がします)

看取った患者さんに関してはなるべくご自宅にケアのために伺うようにしていますが、やはり残された家族の方の悲嘆の程度は人それぞれ・・・・・できるだけ生前の話で記憶に残る、いい思い出の話をするようにしていますがこの悲嘆のケアも難しいですね。先日も南区の患者さんのご家族を見に行っていましったが悲嘆が強くまだまだ立ち直るのに時間がかかりそうな印象でした。必要があればこまめにその後もフォローしてあげたいと思います。ここの部分って個人的には非常に大事だと思いますが在宅で組織的にグリーフケアしている、もしくは支援している組織って札幌にあるんでしょうかね・・・・・

さて悲嘆に関してのまとまった文章、何かないかなって探していたらありました。日本グリーフケア協会の記事ですね。とっつきやすく読みやすいので皆さんも読まれてもいいと思います。

グリーフケアとは http://www.grief-care.org/about/

悲しみへの準備はできません

人は病気や悲しみについてなど自分の世界観が変わるほどの変化や不都合なことへの対応は後手後手となりがちです。これはしかたがないことであると思います。自分が重病に・不治の病に陥った時のことを想像はできますが、それが日常となってしまった時のことまでは想像が及ばないと思います。当然、心の準備は無いに等しいです。天災のような場合以外には、同境遇の仲間は見つけにくいです。大抵は、自力で乗り越えることになりますので、容易ではありません。
心理的、社会的に遺族が孤立しないように支援体制が求められるところです。悲しみへのケアがあると、早期に自分の混乱とその整理、亡くなった方の生きた意味・自分の生きる意味、人生の意義などに気づくことができて、前向きに人生を捉えなおすきっかけとなるでしょう。

 

グリーフGrief とグリーフケアGrief care

喪失と立ち直りの思いとの間で揺れる時

死別を経験しますと、しらずしらずに亡くなった人を思い慕う気持ちを中心に湧き起こる感情・情緒に心が占有されそうな自分に気づきます(喪失に関係するさまざま思い:「喪失」としてまとめます)。また一方では死別という現実に対応して、この窮地をなんとかしようと努力を試みています(現実に対応しようとする思い:「立ち直りの思い」としてまとめます)。この共存する二つの間で揺れ動き、なんとも不安定な状態となります。同時に身体上にも不愉快な反応・違和感を経験します。これらを「グリーフ」と言います。グリーフの時期には「自分とは何か」「死とは…」「死者とは…」など実存への問いかけをも行っています。
このような状態にある人に、さりげなく寄り添い、援助することを「グリーフケア」と言います。

 

人生における危機を、回復をもたらす力(レジリアンス)となる転機に

大切な人を亡くした時の悲しみが、深く複雑なものとなりやすい現代に生きる私達です。それは悲しみに寄り添う人の存在感が薄れたためです。

実際、死別経験者は、感情にふたをしてしまい十分に悲しむことができずに、長年にわたる未処理感を燻(くすぶ)る人と、また一方では、予想を超えるような感情のゆさぶりに苦しむ人々がいます。今後は後者のような方が増えていくかもしれません。

この苦痛の期間とは、まさに“人生危機”の時期にあたりますが、キチンと対処がなされれば、発想や生き方までも変えうるような個人のパラダイムシフトへとつなぐエネルギーを秘めてもいる大切な時でもあるのです。
死別を経験しグリーフに陥り、突然不慣れな環境におしこまれた時に、じっくりと繰り言を傾聴してくれる人、さりげなく寄りそうサポート・ケアは大変心強いものです。サポートにより自ら進むべき道を確認するきっかけになります。これらの援助を「グリーフケア」といいます。人生の節目において、「苦境はチャンスだった」と後々思えるようにお力添えができるケアを目指したいと考えております。

 

グリーフの反応

人間は「生老病死」という宿命から免れることができない以上、いずれは「愛別離苦」という愛する人の死に遭遇します。配偶者、子供、両親、兄弟姉妹など、生きる時間を共有してきた大事な人を失うと、深い、どうしようもない悲しみに包まれます。
深い悲しみがストレッサーとなり、様々な不調をもたらします。

心(精神)的な反応

長期にわたる、「思慕」の情を核に、感情の麻痺、怒り、恐怖に似た不安を感じる、孤独、寂しさ、やるせなさ、罪悪感、自責感、無力感などが症状として表れます。

 

身体的な反応

睡眠障害、食欲障害、体力の低下、健康感の低下、疲労感、頭痛、肩こり、めまい、動悸、胃腸不調、便秘、下痢、血圧の上昇、白髪の急増を感じる、自律神経失調症、体重減少、免疫機能低下などの身体の違和感、疲労感や不調を覚える。

 

日常生活や行動の変化

ぼんやりする、涙があふれてくる、多くの「なぜ」「どうしよう」の答えを求められ、死別をきっかけとした反応性の「うつ」により引きこもる、落ち着きがなく なる、より動き回って仕事をしようとする、故人の所有物、ゆかりのものは一時回避したい思いにとらわれますが、時が経つにつれ、いとおしむようになるなど

以上のような症状は、混在して、それも時をかまわずして起こります。さらに困ったことには、きっかけさえあれば、何年か後に再発することもあるのです。恐らく、グリーフという根の深い事柄だからこそなのでしょう。

 

悲嘆にまつわる主たる日本人の反応


グリーフ(悲嘆)のプロセスとは、喪失と立ち直りの思いそれぞれとを天秤にのせた心の動きをします。一日のなかでも上下し、さらに回復に従い週・月単位などで変化させつつ進んでいくと考えるのが適切です。回復に従って動きが鎮静化に向かいっていきます。また文化・社会宗教的、時代によって異なることを考慮してはじめてぴったりした悲嘆の反応が理解できます。
これまで段階的、位相的な経過をたどるとされてきましたが、ショック期の後をいくつかの段階に分けることや位相のように重なるというよりも、より悲嘆にくれる人を納得させるでしょう。

筆者の研究によると日本人に特徴的な死別の主たるものは、(1)亡くなった人を思い起こし・愛しい・恋しい思いに占有される「思慕と空虚」、(2)人と違ってしまったような気後れ感覚に代表される「疎外感」、(3)何もやる気がしないうつにそっくりな「うつ的不調」、そして(4)自分を奮い立たせようとする「適応・対処の努力」などの代表的な反応がみられます。
4つは、喪失と立ち直りの思いに分かれて天秤に乗ります。

 

悲しみを癒すためには

1. グリーフにより起こることについて知識をもつこと。…おおよその一般的症状(反応)、悲嘆の期間など。
2. 充分に悲しみ、何らかの方法で悲しみを表出して行きます。
受け止めてくれる人の存在や自ら悲しみを整理して行く作業が必要です。信頼できる場での心の解放、悲しみを癒すための機会創出、システマティックな心の整理を行うことによって、グリーフを軽減させることができます。
3.時には、人の情けや助けをすなおに受け入れましょう。また、人さまの力をお借りしましょう。そしていつしか人生のなかでお返ししようと言う思いを失わずに生きてみましょう。

 

複雑な悲嘆について

悲嘆は死別後にみられる深刻ではあるけれども、あくまでも正常人に発生する正常反応と考えられています。
以前には病的悲嘆と呼称されていた遷延的悲嘆、慢性悲嘆、回避的悲嘆、遅発性悲嘆,誇張的悲嘆、仮面的悲嘆など、さまざまなバリエ―ションの存在が知られてきました。それらは“複雑な悲嘆”に統一されつつありましたが、2007-2009年には正式に「複雑な悲嘆Complicated Grief」とされました。 そしてアメリカの精神医学会は、診断基準をさらに深め、2013年には継続性のある複雑な悲嘆Persistent Complex Bereavement Disorder:PCBDを付け加えています。

 

 

さて午後も頑張って診療必要な患者さんのところに行きたいと思います・・・

患者さんと一緒に笑うこと

明日の地鎮祭はいい天気になるといいんですが・・・・

 

こんにちは、初めて出会う患者さんとのコミュニケーションの取り方、皆さん結構苦労されると思います。診察場所は病院ではなく患者さん宅、訪問者は一人、患者さんだけでなくご家族ももちろんおられ、さらにその患者さんの病状が末期の病状であれば今すぐにでも何かしてあげなければいけない状況・・・・そんな時にどう患者さんとコミュニケーションをとって治療につなげていくのか、かつ単純に話をするだけでなく癒しとなるように話をするにはどうしたらいいのか・・・・・自分はやっぱり大事なのは”笑い”だと思います。どんな状況の患者さんでも楽しいことがあれば笑ってくれるはず、患者さんと一緒に笑うことができるように、どう言葉をかけてあげればいいのかな?って診察の時は常に考えるようにしています。おなじ空間で一緒に楽しい時間を過ごすことができれば一気に距離感は近くなります。笑いの効果って必ずあると自分は考えていますが意識してやるのって結構難しいですよね、皆さんは短時間で患者さんと距離を縮めたい時に意識して行っていることってありますか?あれば是非教えてください。

 

さて本日はさくさくと更新です。複雑すぎる介護保険の制度は制度自体が介護が必要なんでしょうか?2025~40年にむけて医療とはどうあるべきなのか、そして介護とはっている本質的な議論ができる最後のタイミングが今なんではないでしょうか。面白い記事みつけましたので一読ください。

SYNODOS より 介護保険のパラドクス──成功なのに失敗? 安立清史 / 福祉社会学、ボランティア・NPO論 http://synodos.jp/welfare/19524

介護保険の不思議───成功なのに失敗? 成功だから失敗?

 

介護保険は2000年の発足からわずか16年で、全国に普及、利用者は3倍超に急増し、「介護」(という名の日本的な高齢者ケア)を世界に知らしめた。今や介護保険は高齢社会日本にとって欠かせない重要な社会的インフラストラクチャーとなっている。世界からも注目され、とくに東アジアでは韓国や台湾が日本の介護保険を参考にしながら対応しようとしている(注1)。介護保険は高齢化という先進国共通の大きな問題へのクリーン・ヒットだったのだ。

ところが、このままでは介護保険財政は破綻するとして見直しを求める意見がたえない。昨年出された「介護保険制度の見直しに関する意見」(社会保障審議会介護保険部会)を見ても、介護費用が増大し、これから団塊の世代が後期高齢者になることなどを理由とし、見直しは避けられないとしている。

しかし介護保険は「高齢社会における介護の社会化」が目標だった。つまり、利用の拡大は成功のはずなのだ。ところが、どうしたことだろう。事業者は介護保険改正のたびに介護報酬の切り下げに振り回され、事務処理は煩雑になるばかりで制度は複雑怪奇となり、今や人間が理解できる範囲をこえたと言われるほどだ。思いっきりアクセルを踏んだあと急にブレーキをかけているようなもので、制度に期待をかけて走ってきた事業者、とりわけNPOなど非営利法人の人たちほど、激しくつんのめっている。あの理念と市民参加の期待は何だったのか、との思いが強いからだ。

そもそも介護事業は高齢社会の数少ない有望な成長産業だったはずなのに、そのような見方は早々とどこかに消えてしまった。当初はもてはやされていた介護職も、いつのまにか不人気業種になってしまった。介護報酬の総額が幾重にも管理されているため、介護現場では、介護職の給与水準を抑えるくらいしか「経営」しようがなかったせいだろうか。特別養護老人ホームなどでは措置時代とくらべて介護職の給与水準は下がったという。その結果、制度改正のたびに介護職の離職率の高さが注目をあつめ、マスコミからは「3K」労働の典型のように言われてしまった。今では、どこの事業所でも介護人材の確保に四苦八苦している。このように「制度を持続させる」ための対策が、かえって制度を不安定にしている。

介護保険は、なぜ「成功したのに失敗」ということになるのか。このような逆説(パラドクス)が起こってしまう理由は何か。ここを考えてみたい。

なぜこのままでは存続できないのか─高齢化による必然?

介護保険は、このままでは持続できないという。2016年12月に社会保障審議会介護保険部会から出された「介護保険制度の見直しに関する意見」を見ても、介護費用の総額も当初の約3倍の約10兆円になり、しかもこれから団塊の世代が後期高齢者になるなど、悲観的な人口構造になる見通しなので、見直しは避けられないとしている。説明は、次のようなものだ(注2)。

第1に人口構造の急速な高齢化と今後の介護ニーズの爆発的増大予測(団塊の世代の後期高齢化や団塊ジュニアの高齢化が迫っている)、第2にサービス利用者の増大と介護保険財政の逼迫(利用者も介護保険費用も当初の約3倍、500万人で総額10兆円となり、保険料も上がり続けて現在は平均5千円を超えている)、第3に介護人材の不足(介護職は当初の55万人が現在約177万人と3倍増になっているが、離職・転職率も高く、今後の需要増への対応が困難と予測される)だという。

制度がこのままでは維持できないという議論になる理由は、少子・高齢化と人口減少が避けがたいと前提しているためだ。関心をもって調べたりする人ほど、この「高齢社会悲観論」にやすやすと取り憑かれてしまう。高齢社会は社会保障負担がたいへんだという「固定観念」はかんたんにはぬぐいされない。しかし、ちょっと待ってほしい。人口の趨勢からみた説明は、一見、もっともらしいし分かりやすい。しかし単純化しすぎているのだ。まず第1に、現在の人口動態を、単純に未来に投影するのは誤りだ。人口はきわめて多くの要因が複雑にからまって推移していくものだからだ(注3)。

また第2に、少子化や高齢化が早かったヨーロッパで「人口減少」や「地方消滅」が声高に言われているだろうか。日本の県くらいの人口規模しかない北欧の国々など、日本より社会も経済も元気ではないか。事実の受け止め方はひとつではない、多様なのだ。

つまり、一見したところ事実そのものに見える人口動態のデータこそ、知らないうちに私たちを「上から目線」にして悲観的に考えさせてしまうのだ。地方が消滅していく、日本も人口減少していく、さぁ大変だ、というふうに信じ込ませてしまうのである。このパラドクスの原因のひとつは、生身の人間として見る場合と抽象的な人口として見る場合とで、視点の分離と思考の分裂が起こるからだろう。以下、具体的にいくつかを見ていこう。

社会と保険のダブルバインド

社会制度は様々な条件や目的が複合して出来上がっているものだ。介護保険制度にも「介護の社会化」によって核家族化・小家族化した家族の介護負担を社会連帯によって支え合うという「表」の目的だけでなく、高齢者医療費や社会的入院費用を、医療保険から切り離し、介護という新しい分野へと移して財政費用の総量管理を行っていくという「別」の目的もあったことは事実だろう。介護保険制度の二重の意味(ダブルミーニング)である。当初から「社会」を維持するための制度という側面と、「財政」を維持するための工夫という側面があり、制度発足当初は前者が強調され、制度が根づいて利用が進むと後者が前景へとせりだしてきたと考えられる。

しかしこの転換が急だと、様々な問題を引き起こすことになる。まず表の意味を信じて参入してきたボランティア団体や介護系NPOの現状をみると、制度改正のたびに、めざしてきたことと、していることとの乖離と矛盾に直面している。やっていることの無意味感、無力感、そして社会の中で正しいことが行われていないという無規範感覚、つまり社会学でいう「アノミー」の徴候が現れているのではないか。

社会福祉法人や社会福祉協議会も介護保険のもつ二重基準(ダブルスタンダード)に翻弄されてきたと言えるだろう。社会福祉法人は、措置の時代には公の支配に服して独自の「経営」は許されなかった。介護保険の時代になると一転して事業者として「経営」しろと迫られた。そして現在の社会福祉法人改革の中では再び「社会貢献」しろと言われている。

「経営するな」から「経営しろ」へ、ふたたび「経営」ではなく「社会貢献」しろというのでは混乱するのが当然だ。しかも介護保険では、営利法人と非営利法人とが混在している。それが進むと、経営しろ、社会貢献しろ、ボランティアもしろ、あれもこれもしろ、ということになる。混乱して、いったいどうしたら良いのだと叫びだしたい気持ちになるのではないか。ダブルバインド(二重拘束)状態である。

制度というのはそんなものなのだと「達観」すべきなのだろうか。いや、それこそ問題だ。制度を守るための工夫が、逆に、制度への信頼を失わせ、担い手の活力をそぎ、結果的に制度の存立そのものを危うくしていく、そういうパラドクスになっていくからだ。

中途半端な覚悟─先行き不安の迷走

「高額化する介護保険料」とよくいわれる。このままでは保険料が上がり続けてたいへんだという。しかし、これも考えてみると不思議な感覚である。いったい何が適価なのか、どこから「高額」になるのか。じつは、そこにあるのは相対的な感覚だけなのだ。だからこそ、消費税率と同じく、上がるたびに「高額」と思われるのである。日本の高齢社会化は急激だったので社会の側に覚悟ができていないのだろう。いつまでも負担増が続きそうなことが、この恐怖の本質なのである。この恐怖に対抗できるだけの覚悟はできていない、いわば中途半端な覚悟なのである。

ヨーロッパは早く少子化し早く高齢化したので「高福祉高負担」を早くから覚悟してきた。北欧など対応にも腰が据わっている。税率はすべて高く、たとえば消費税25%がふつうだ。日本は消費税10%ですら実現できない(注4)。グローバル化への対応と同じで、後退しながら仕方なしに少しずつ受け入れようとするから、ますます不満と不安が高まる。しかもこの趨勢はいつまで続くか分からない、だからよけいに怖くなるのである。

「非営利」はどこに消えたのか

介護保険は福祉なのか保険なのか。年々あいまいになっている。これも不思議だ。「社会保険」だというにしては「非営利」があまりにも軽んじられている。介護保険では営利と非営利の区別がなく、すべての事業者がほとんど同一に扱われるのも奇妙なことではないか(注5)。

介護保険以前には、住民参加型在宅福祉サービス活動や、町なかの古い民家を活用した宅老所など、多様なボランティアや非営利の活動もあった。こうした制度外の非営利活動と制度とが補完し合えば望ましい相乗効果があるはずだった。ところが、介護保険が発足するとすべてのサービスが制度内へと収斂していった。ボランティア団体等が有償で提供していたサービスよりも自己負担は少なくて済むのだから当然だ。結果的に制度外は縮小してしまった。

「行動経済学」の知見からは、営利と非営利とを混ぜ合わせると、市場規範が社会規範を「閉め出す」ことが分かっている。このことは、介護保険制度の発足前後には一般的には知られていなかったのかもしれない(注6)。当時は、新たな制度が新たな市場や供給者を生み出すためには、多様な事業者が切磋琢磨することが必要で、それが供給者を拡大するとされていた。

しかし、ドイツの介護保険では宗教系の非営利団体が8割以上を担っている。アメリカの非営利セクターも市場や政府から独立した巨大な存在だ。それにたいして、日本の非営利法人は、法人種別ごとに縦割りの法律にしばられており、税制の扱いも薄い。つまり世界標準の非営利組織からはほど遠い。これでは「非営利」とは名ばかりで、内実は政府や行政の規制や管理で活力を奪われた「不自由な存在」になってしまうのではないか。「非営利」が本来持っているはずの可能性を回復させ、新たな活力を生み出せるような社会環境を作り出すことが必要だ。

「上から目線」の制度改正の落とし穴

「介護」という言葉にはもともと「上から目線」のパターナリズム(温情主義)が含まれているとフェミニズムからは批判されてきた。同じく「高齢社会」という言い方にも、「高齢者」への微妙な否定感情(エイジズム)が含まれているのではないか。日本では「定年」は、ごく普通に何の疑念もなく行われている。しかしアメリカでは定年制度は「年齢を理由にした差別」として憲法違反なのだ。

人種差別、性差別と同じく「年齢差別」も、個人の努力ではどうしようもない年齢という属性を理由にした社会的な差別とみなされるからだ。アメリカでは高齢者団体を中心とした社会運動によって1960年代から70年代にかけて段階的に撤廃された(注7)。日本ではまだそこまでいっていない。上野千鶴子らが高齢者には「当事者主権」の感覚が薄いというゆえんだ。

3年ごとの介護保険改正は、日本全体で財政バランスを見ながら持続可能な運営にしていくという困難な課題のためになされていることは理解できる。しかし介護現場でサービスを提供している人たちやサービスを受ける人たち、当事者の家族などのニーズや目線をじゅうぶんに踏まえているだろうか。制度を運営する側の「上から目線」の論理が強すぎるのではないか(注8)。

介護保険への介護が必要だ

介護保険は、四方八方から批判され、進むべき方向性が見えなくなって、先行き不安におちいっているように思える。身近な制度ゆえ欠点ばかり眼につくようになる。利用すればするほど、あれも足りない、ここもだめ、となりがちだ。批判しているうちに、何が大切だったのか、何を大切にしなければならないかを見失ってはいないか。「あまりに大切なので、かえって大切にできない」という逆説的な状態になっている。このままでは「成功したのに失敗」ということになってしまう。

ひとつには介護保険があまりにすべてを抱え込みすぎているからではないか。制度発足当初は社会的入院や「寝たきり老人ゼロ」が目標だった。やがて認知症ケアへの対応が重要になり、現在では看取りが大きな課題となってきた。また、施設と在宅だけでなく地域まで包括してケアしようとしている。医療や介護の「ビッグデータ」も取り込みながら、地域の様々な社会資源も包括して活用するという。

これはいくらなんでも「抱え込みすぎ」ではないだろうか。かつての家族介護がそうだった。なんでも家族で抱え込みすぎると「バーンアウト(燃え尽き)」がひき起こされる。結果として、介護放棄や虐待などを生み出すという問題が指摘されてきた。だからこそ介護の社会化が必要だったはずなのだ。現在では、介護保険自体が抱え込みすぎてバーンアウトしはじめているのではないか。

大切な制度を守ろうとして、事業者をがんじがらめに規制していくと「制度を存続させることが制度の目的だ」と反転していく。これは不幸な負のスパイラルを生み出す。大熊由紀子の『物語介護保険』を読むと、日本の介護保険は、困難な政治状況の中、まさに絶妙のタイミングで実現されたものだったことがよく分かる。

ここで介護保険を「失敗だった」と総括してしまうと、二度とこのような制度は生まれないかもしれない。制度があまりにも抱え込みすぎ、窮屈になっていくのは残念なことだ。財政の観点も大切だろうが、制度は人や社会から信頼されなければ成りたたない。曲がり角を迎えた今こそ、介護保険をもう一度元気づけることが必要だ。もっと前進する勇気を持つために、ここは、ひとつ逆転の発想で「介護保険への介護が必要だ」と言うべきではないか(注9)。

まずは「高齢社会」悲観論のような一面的な見方を考え直すことが必要だ。福祉を社会保険で支えるというアイデアに立ち返り、「非営利」のあり方も見直すことも必要だろう。

ケアの効果をエビデンスで評価するというが、はたして「正しい」介護はあるだろうか、「正しい」制度があるのだろうか。「正解」ばかりを求めると、ダブルスタンダードやダブルバインドの矛盾から逃れられなくなる。制度はひとつの出発的であって到着点ではない。ひとつの制度がきっかけとなって、新たに生まれた種が飛んでいって、制度の周囲に豊かな多様性が生まれていくことこそ望ましいのではないか。

今、介護保険にとっては、正解ではなく理解が必要な時期ではないか。私たちは「介護保険を介護しよう」と言うべきではないだろうか。

 

さて午後の訪問に出発です。たくさん笑ってきたいと思います。

 

在宅医療で訪問リハにもっと光を!!

今日もあっという間に19時になってしまいましたね・・・

 

こんにちは、毎日色んな患者さんが当院に紹介されてきますが大体が神経難病や癌末期などの重症度の高い患者さんです・・・軽度の脳梗塞の方や認知症の方などは札幌にいないんじゃないかなってど思えるくらい医療的にも介護的にも大変な患者さんばかり当院に診療依頼が来ていますが、これまで積み重ねてきた信頼があるからなのかなぁと思い毎日頑張って診療しています。

そんな患者さん達ですが大抵病院やケアマネさん、訪問看護さんから紹介されてきています。がある共通点があります・・・・・皆さんわかりますか?えぇ、訪問リハビリの存在がきれいさっぱり在宅医療から忘れられているかのように、全くこれらの患者さんには導入されていないんです。

たしかに医療依存度の高い患者さんに関してはリハビリより日常生活をみる看護師って思うのは普通かと思いますが、場合により看護師さんより訪問リハの方が適している場合があります。末期の患者さんに訪問リハ?って思うかと思いますがフィジカルアセスメントや身体補助器具のアセスメント、楽な体位の指導や呼吸リハなど、たくさーん活躍できる場面は存在します。っていうことでこれらの患者さんが当院に紹介されて自分が診療する場合、大抵訪問リハビリの提案を患者さんにすることになります。

以下に医療依存度、重症度の高い人に訪問リハを導入するメリットを思いつくままに羅列してみたいと思います。

①正確なフィジカルアセスメントにより、看護師や医師よりも病状の進行を在宅できちんと評価できる

②患者さんのADLの低下を最低限に抑えられる

③安楽に過ごすための福祉用具等の使用の指導がきちんとできる

④身体面の評価を基にその人に望ましい住空間を整備することができる

⑤リハビリにより人生に目標を見出せるようになる、前向きに生きられる

などなどでしょうか。

在宅医療で訪問リハにもっと光を!!と声を大にしていいたいですね。訪問リハの皆さん頑張ってやっていきましょう、みている人はみていますので・・・・・(ただ存在価値をもっと他職種に理解してもらうためには積極的にリハセラピストさんからどんどん情報を発信していく必要はありますよね。実力はあっても声を大にするセラピストさんがあんまり少ないのが光があたらない要因の一つかも知れませんね)あと単位数の制限撤の廃希望します・・・・・

 

さて本日の医療ニュースはこちら、がん対策推進会議の資料とその内容についてです。中身は自分はまだあんまりみていないのでこれから診てみたいと思います。皆さんも同時進行で一緒に読んでみてどう感じる、一緒に考えてみませんか?

厚生労働省 第66回がん対策推進協議会(資料)http://www.mhlw.go.jp/stf/shingi2/0000161874.html より  資料3 議論のためのたたき台(概要) http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000161868.pdf と資料4 議論のためのたたき台 http://www.mhlw.go.jp/file/05-Shingikai-10904750-Kenkoukyoku-Gantaisakukenkouzoushinka/0000161869.pdf です、資料3は短いですが資料4は結構長いので注意してください。

 

その内容についての記事がこちらです。メディウォッチより http://www.medwatch.jp/?p=13346

第3期がん対策基本計画、「がんの克服」をスローガンに掲げる—がん対策推進協議会

今年度(2017年度)からの「第3期がん対策推進基本計画」では、『がんの克服』をスローガンとして掲げ、全体目標として▼がん予防▼がん医療の充実▼安心して暮らせる社会の構築(共生)―の3項目を設定し、とくに「1次予防」や「ゲノム医療」「希少がん・難治性がん対策」「緩和ケアの推進」「がん患者の就労を含めた社会的な問題の解決」などを重点分野に定め、精力的な取り組みを行う—。

このような方針が13日に開催された「がん対策推進協議会」で固まりました。スローガンに盛り込まれる『克服』という文言は「がんの根絶」などの誤解を招くのではないかと医療提供者委員から懸念も出されましたが、患者代表委員は『克服』を目指すべきと強く訴えており、両者の意見は分かれていました。門田守人会長(堺市立病院機構理事長)が「患者代表委員が4分の1を占める本協議会として、患者側の思いを尊重したい」と英断した格好です。

4月13日に開催された、「第66回 がん対策推進協議会」
4月13日に開催された、「第66回 がん対策推進協議会」

患者の強い思いに応え、「がんの克服」というスローガンを設定

我が国のがん対策は、概ね5年を1期とする「がん対策推進基本計画」に基づいて進められており、協議会では2017年度からの第3期計画策定に向けた議論が続けられています。13日の会合では、第3期計画の構成や章立て、盛り込むべき内容などについて議論を行いました(関連記事はこちらこちら)。

まず全体構成としては、(1)スローガン(2)全体目標(3)分野別施策(4)がん対策を総合的・計画的に推進するために必要な事項—となります。

第3期がん対策推進基本計画の構成に関する「たたき台」(厚労省提示)
第3期がん対策推進基本計画の構成に関する「たたき台」(厚労省提示)

 

このうち(1)のスローガンは「第3期計画を一言で表すと何か」というもので、桜井なおみ委員(CSRプロジェクト代表理事)や若尾直子委員(がんフォーラム山梨理事長)ら患者代表委員が「がんの克服」を掲げるべきと強く求めていました。桜井委員は「がん対策に向けた考え方を国民も参加して共有することが重要」と強調しています。

桜井なおみ委員が提示した「第3期がん対策推進基本計画」の構成イメージ
桜井なおみ委員が提示した「第3期がん対策推進基本計画」の構成イメージ

 

これに対し山口建委員(静岡県立静岡がんセンター総長)や中川恵一委員(東京大学医学部附属病院放射線科准教授)ら医療提供側委員は「何度も議論したが、『克服』という表現は強すぎ、『制圧』や『撲滅』が可能になるとの誤解を招くのではないか」と難色を示しました。

両者の意見ともに一理あり、議論は平行線を辿りましたが、門田会長は「本協議会は他の審議会と異なり、委員の4分の1は患者代表が参加しており、その良さを伸ばしていくべきであろう。患者代表委員の意見を尊重したい」と議論を収束させました。第3期計画では、これまでにない「がんの克服」というスローガンが掲げられます。

小児やAYA世代などの特性に応じたがん対策を、医療面と共生面の送付から進める

(2)の全体目標としては、▼正しい知識・科学的根拠に基づく「がん予防」の充実▼患者中心の「がん医療」の充実▼尊厳を持って安心して暮らせる社会の構築―の3項目が設定されました。

この3つの目標を達成するために、(3)の分野別施策が例えば次のように具体的に設定されます。

(a)がん予防:▽1次予防(※)▽2次予防(早期発見、がん検診)

(b)がん医療の充実:▽ゲノム医療(※)▽手術・放射線・薬物・免疫療法▽チーム医療▽支持療法▽希少がん・難治性がん(※)▽病理診断▽がんリハビリテーション▽がん登録▽医薬品・医療機器の早期開発・承認

(c)がんとの共生:▽診断時からの緩和ケア(※)▽相談支援・情報提供▽地域社会におけるがん患者支援▽就労を含めた社会的な問題(※)▽ライフステージに応じたがん対策(小児、AYA、高齢者)

さらに、これらを支えるために、『がん研究』(※)、『人材育成』、『教育・普及啓発』といった基盤を整備していく考えも示しています。なお、(※)は進捗に遅れがあるなどし「重点的に取り組む分野」を意味します。

こうした個別項目は、厚労省の「たたき台」で示されたものですが、委員からはさまざまな注文が付きました。

例えば、小児やAYA(Adolescent and Young Adult)世代対策は、「ライフステージに応じたがん対策」として(c)共生施策に盛り込まれましたが、(b)がん医療の充実にも併せて盛り込むべきとの指摘がありました。中釜斉委員(国立がん研究センター理事長)は「小児・AYA世代のがん医療は極めて充実であるが、『がん対策』として盛り込み、学習などの小児・AYA世代に特有の課題は共生対策として書き込むことが適切なのではないか。共生対策で小児・AYA世代などとまとめるメリットがある。医療の充実と共生で分けて記載するデメリットもある」と述べ、厚労省のたたき台を支持。

しかし、檜山英三委員(広島大学自然科学研究支援開発センター教授)らは、「共生対策は長期フォローアップであり、医療の充実とは切り離して考えるべきである。小児ゆえの特殊性があり『小児がん拠点病院』指定の流れとなった」と訴え、小児・AYA・高齢者など世代に応じた対策は(b)がん医療の充実と(c)共生との双方に記載する方向が固まりました。

また(b)の「免疫療法」については、免疫チェックポイント阻害剤(オプジーボやキイトルーダ)を用いた治療など「科学的根拠に基づく」ものと、いわゆる免疫細胞療法など根拠のない治療とが混在しないよう、明確なかき分けをする必要があると中釜委員や若尾委員は強く求めています。

さらに「希少がん・難治性がん」対策や「ゲノム医療」(関連記事はこちら)について、中釜委員や桜井委員は「克服のための方策として、病理診断の充実や集約化など、精緻に記載する必要がある」と注文を付けています。

一方(c)の「がんとの共生」に盛り込まれた情報提供は、(a)「がん予防」(b)「がん医療の充実」とも密接に関連しますが、田中秀一委員(読売新聞東京本社調査研究本部主任研究員)は「『がん』『治療』でネット検索すると、軒並み根拠不明の免疫細胞療法を実施するクリニックが表示され、正しい情報にたどり着くには困難な状況である。情報提供はもちろんだが、『どうすれば正しい情報を探せるのか』も考えなければいけない」と指摘しました。この点、国立がん研究センターのがん対策情報センター『がん情報サービス』の機能充実などが一つの答えになるかもしれません。

市町村の「健康増進計画」に、がん関連施策を盛り込んではどうか

(3)の分野別施策を推進するために、厚労省は(4)として▼がん患者を含めた国民の努力▼患者団体との協力▼都道府県による計画の策定▼必要な財政措置の実施と予算の効率化・重点化▼ロードマップの作成▼目標の達成状況の把握▼基本計画の見直し―といった事項について具体的に示す考えです。後者3項目はPDCAサイクルを的確に回すことを求めるものと言えます。

このうち「都道府県による計画の策定」は、2018年度からスタートする第7次医療計画などとも関係しますが、松村淳子委員(京都府健康福祉部長)は、市町村においてもがん対策の実効性を高める必要があると強調します。例えば(2)の(a)「がん予防」では、検診の充実などが盛り込まれますが、「がん検診」の重要な実施主体は市町村であることからも、この点は納得できます。そこで松村委員は、▼市町村の「健康増進計画」にがんに関係する内容を盛り込むよう促す▼がんとの共生において「在宅療養」は欠かせず、医療計画などにこの点の記載も求める▼国の役割・都道府県の役割・市町村の役割を一覧として記載する—ことを提案しています。

今後、委員の意見を踏まえて「たたき台」を充実し、「素案」や「報告書案」に練り上げていくことになります。

 

 

 

訪問マッサージが訪問リハビリっていうの、絶対やめさせた方がいいと思うんです・・・・・

 

本当に必要とされる医療とはなんなのか

今週も前向きに頑張っていきたいと思います。

 

こんにちは、週末は半年ぶりに家族で札幌から外に出ていました。小樽の水族館にいったんですが結構な人が出ていましたね。

↓子供も3人楽しんでいました(4人目は爆睡です)

b

↓魚って群れで泳ぐところみると結構感動する美しさですね

c

↓外ではトドのショーをみてきました(けっして手前の人の頭を撮影したかった訳ではありません・・・・・)

a

 

本当に久しぶりに家族で札幌外にでましたがこんな時間もやっぱりたまには必要ですね。週末に自分の担当患者さんで亡くなった患者さんいらっしゃいましたが、自分は札幌にいなかったので当番の先生に対応して頂きました。ただやっぱり主治医としては自分が診てあげたかったというのが本音のところ・・・・ここのところは葛藤がありますが今回看取りを自分でしてあげられなかった患者さんの所には必ず後日御焼香あげに伺いたいと思っています。

チームで在宅医療をしていると一人でしていた時はまた違ったことで悩むことが多々あります。それでも自分は”ある程度の少数の在宅医チームで患者さんをみてあげること”が一番札幌で自分達が患者さんに貢献できることだと信じてこの道を進んでいきたいと思います。

 

さて本日の医療ニュースはこちら、特養に関しての記事です。当院は直接は特養に関わることは現時点ではないですが、現実的には特養って在宅医療の中では重要な役割を果たしています・・・・その周辺状況の記事ですので気軽に一読ください。

ワタキューメディカルより

短信:特別養護老人ホームの待機者減、その真相は? http://www.watakyu.jp/archives/4871

特別養護老人ホーム(特養)への入所を希望して入れなかった待機者は、2016年4月時点の厚生労働省調査で約36万6千人であったと、3月27日発表された。これは前回調査(13年10月)より16万人近くの減少であった。

特養は全国で約9500か所あり、入所者は現在約57万人。有料老人ホームやサービス付き高齢者住宅と比べて総じて利用料が安いために、入所希望者は多く、前回調査では待機者は約52万4千人にのぼっていた。

待機者減少の理由を分析してみると、まず最大の要因は、介護の必要性がより高い中等度の要介護者を支える機能重視の観点から、2015年4月から新規入所者を原則要介護3~5の人に限るとする入居要件の厳格化の制度改正が行われたこと。このため比較的軽度な要介護2以下の高齢者が入居できなくなったことが挙げられる。その結果、要介護1~2の人からの申し込みが減り、待機者は、約7万1千人。これは今回の減少数約16万人のうち約11万人を占めている。

(ただし、要介護1~2で認知症や家族による虐待など在宅での生活が困難であるやむを得ない事由があると判定会議で認められた場合は、新制度下での特例対象となった。)

厚労省によると、地方自治体によっては調査時点では特例入所対象者の数を把握できていない場合があるが、この点を踏まえた上での集計で7.1万人となっている。

また、1人が複数の施設に申し込む重複申し込みが多いほか、待機中の死亡のケースもあり、待機者減の数字に影響している。

厚労省では、こうした重複申し込み等の排除をさらに徹底し、入所申し込み者の実数により近い集計を行っていく方針だ。

このほか待機者減の背景として、介護保険の利用者負担増もあると思われる。 1部のサービス利用料の1割から2割への増、特養入所費や食費の軽減措置削減などもある。サ高住など最近急増している民間施設への入居もある。国は今回の調査の結果として、入所枠に対する入所者の数、特養の実際の稼働率は97%としている。

実際、数字の裏にはさまざまな原因が隠れているのだろう。そこに本当は行き場のない、さまよえる高齢者急増社会の実像が潜んでいなければいいが。

 

 

数字の裏・・・・・この言葉の意味は深いですね。自分達も表層の数字や言葉に惑わされることなく本当に必要とされる医療とはなんなのか、現実のみならず資料を通しても突き詰めて考えていく必要あります・・・・・